一歩前へ

学生達を見ていて思うこと…

「惜しいっ!」

どういうことかというと
もうちょっと頑張ってみたらいいのに
ということなのですが
ちょっと説明が必要です。

例えば、夢工房の学生達
一般的な見方をしたら、頑張ってます。
かなり頑張ってます。

でも、もう一押し行けます。
何が行けるかは、人や状況によりますが
まだ限界からは遠い。
本人がどう思っているか分かりませんが
恐らく本人も
限界まで余裕があることは分かっているでしょう。

恐らく多くの学生達も
似たような状態だと思います。

限界まではほど遠い状態で日常を過ごしている。

何も
なんでもかんでも限界域までプッシュしろ
とか、そういうことではないのです。

何でも良いので
何か一つでも良いので
もう一歩頑張ってみたりすると
「あら?まだ行けるかも」
という気付きがあるはずです。

面白くなるのはそこからです。

そういう状況になかなかならない
というか、そういう状況にならないように
常に安全領域に留まろうとしているのは分かります。

だってみんなそう言うもんね。

無理しないように
リスク取らないように
って。

延々とそういうことを聞かされてきたから
自然とそんな行動を取ってしまって
それが習慣になっているのは分かります。

でも、それ
キミのために言ってるんじゃないんだよ。
知ってた?

プライオリティの話 2

大事なのは何ですか?
の続きです。

誰しもやりたいことややるべきことは複数あって
でも、今この瞬間にできることは一つだけ。

そんなときに
やることに対するプライオリティ
を考えているかな?
それはどうやって決めているのかな?

そういうことを意識しなければ
目の前に現れたことに囚われてしまうかもしれない。

慌ただしくジタバタして
降りかかってくるものや
結果を受け止めることに終始して
「出来成り」な人生みたいになってしまうかも。

何を優先して何を捨てるか
それによって将来起きることは変わってきます。
必ず。

また
やり方に関するプライオリティ
もありますね。

一口に「やる」といっても
色々な方法があるでしょうから
「自分はこうする」
みたいな。

これによっても結果は変わってきます。

スピードなのか品質なのか
プロセスなのか結果なのか
どのくらいの熱量を投入するのか
どのくらいの期間頑張るのか
何に拘るかによって
結果は変わってきます。

そしてそれは
個人的なことに終始するとは限りません。

成果を見た人、聞いた人
そんな人達に少なからず影響を及ぼしたり
反応や評価によって得られることがあったり
時としてチャンスを得ることもあります。

そんなことを考えると
日々手を抜かずに頑張るというのは大事なことなのですね。

まぁ、それが難しいんですけどね。

播いた種の芽が出る

人は意識せずとも無意識な行動を取るわけなので
無意識だからといっても
何もしていないわけではない。

なので、無意識だからといって
何も起きないわけではない。

無意識でも種を播いていて
その種の芽が出て成長すると
いずれは刈り取らなければならない。

望んでもいないのに
困難が降りかかってきて
その対応に忙殺される

というような状態は
そういうことが原因であることが多いのだけど
「そんなもんだ」
と思っていれば
その仕組みと状況は放置されるわけで
同じことを延々と繰り返すことになる。

でも、意識的に種を播けば
いつかそれ相応の芽を出す。
相応の結果が出る。

未来の希望のために
ビジョンを描いて
そのためのことをやっておけば
相応のことが起きるのは当然。

昔々、子供の頃に
そんなようなことを言われた気がする。

けれど、その時は
「…だから勉強しなさい」
のような話で

勉強が苦手で嫌いな自分は
全く腹に落ちなかった。

「たら」「れば」は無いけれど
その時に「勉強」ではなく
自分の好きなことだったら
一体何が起きたのだろう?

いやいや
好きなことは言われなくてもやっていたな。

なので、今頃になって言語化できたということか。

こういう話は
「忙しくて、そんな事をやっている暇は無い」
ということになることも多いのだけど
結局は、やりたくないのですよね。
今のままにしたいのだと思います。

気持ちは分かるけど
そんな風にしてしまうから
相応のことが起きるのだけど

未来に起きることよりも
今、手元にあることがが大事なら
そうならざるを得ないでしょう。

今、この瞬間にベストを尽くす
というのは大事なところなので
判断が難しいかもしれませんが

「何のために」が無ければ
そもそも「今、この瞬間」は無意味です。