教育と効率と

「効率」とはムダが無いことで
コスパとかタイパとか
最小限のリソース消費で
最大限のゲインを求める
ということ。

とはいえ
そもそもリソースが最小限なら
得られるゲインの天井も知れている
とも言えますけどね。

あらかじめ何が起きるか分かっている環境であれば
想定内のことだけに対応できるように準備すればいい。

もちろん
想定外のことに対しては対応できないし
そもそもそんなことに対する準備をしたら
それは効率が悪いということになる。

なので、問題の答えを覚えるような
いわゆる「過去問」で対策を立てるような
そんなことになる。

かつてはそれでも良かったけど
そういうのももう通用しなくなりますね。

というのもりますが!!

例えば
工学系の
それも機械系の学びについて考えるなら
効率にこだわって
最小限の最適化みたいなことをやると
価値が縮小してしまう
というか
最終的なパフォーマンスは大したこと無くなる
というか
そういうことになりかねないですよ

というのが今回言いたいことです。
前置きが長くなりましたが。

例えば、クルマを開発するとしましょうか。
で、設計を担当するとしましょう。

その際
力学とか材料学とか
そういった学問の知識さえあれば良いのか?
図面を描くなら
作図の能力が高ければ良いのか?

とんでもないですよ。

学校では
あたかも
学問ができれば良いものが作れる
というようなことを語られたりしますが
それは順番が逆です。

良い物を作るなら
作り方
使われ方
果ては売り方や
再利用の仕方など

「何のため」
つまり
どのようなゴールを設定して
そこから逆算して
必要な要素を決めていく必要があります。

もっとも大事な「ゴール」の設定をする際には
いかに視野を広げて想像するかが大事で
そのためには
一見無駄に思える
多様な経験がものを言うのです。

さらにそのためには
想像力や
それを支え、駆動する
パッションとか
そういったものが土台になります。

もちろん、限定された領域の専門家は必要でしょう。
でも、そういう人ばかり集めたところで
良い製品にはならないでしょうね。

だって「何のため」
つまり
ゴールが明確にできないから。
役割が違うのです。

「知識」は「手段」で
「ゴール」は「目的」なので
そんなのは当たり前です。

あと
効率ばかりにこだわると
コスパは良くなるでしょうけど
面白くはならないでしょうね。

面白くないものは継続できませんよ。