若者は何者でもない

若いというのは意味が無いとか価値が無い
という意味ではありません。

若者自身は、「まだ」何者でもなくて
これからの人生で何者かになるのだよね
と言いたいのです。

今現在、能力が無いとか
価値が無いということでもありません。
若いのに大したことができる人はいますから。
少なくとも、まだ完成形ではなくて
まだまだ変化して成長していく可能性を持っている
ということです。

成長過程にある者は
自分が何者か知りたいとか
何者かになりたい
と思うことでしょう。

逆に、そういう欲求を持っていれば
年齢にかかわらず「若い」のかもしれません。
ただ、年齢を重ねるごとに
持っている絶対的な時間は短くなりますが
時間があるうちは、可能性がある
と言って良いかと思います。

「何者」とは、他者にとって、社会にとって何者か?
ということで
荒っぽく言うと
何かしらの価値を他人にもたらす者
ということでしょう。

その価値がプラスかマイナスか
大きいのか小さいのか
内容とか質など
それは様々でしょうけど。

大事なことは
その価値は「自」対「他」の関係において発生する
ということです。

自身で大事にしていることは誰しもあるかと思いますし
生きている事自体にも意味があると思いますが
そういうこととは違います。

自分で考えているだけでは
まだ価値を発している状態ではありませんので
やってみる、つまり自分の外に出してみる必要があるわけで
何かしらの形で他に向けたアウトプットが必要です。

でも、ただ出しただけ
やりっぱなしでは分かりません。
外に投射してみて
その反射を見なければ分からない。

アウトプットしたものに対する
評価とか評判とか、反応をみて
「あぁ、そういうことね」と
レベルや方向性
自分でセットしたゴールとのギャップなど
現状が認識できるわけで
それを元に次のアクションを計画して実行する

そんなことを繰り返して
何者かになっていくのだよなぁ
なんて思っていました。
成長ってそういうことだよなぁ
と。

よく「素直な奴は伸びる」なんて言いますが
それは…

アウトプットに対する評価を受け止めて
次のアクションにスムーズに繋げていける
そんなことなのだと思います。

成長過程でうまく行かないケースでは
こういうことが起きていることが良くあります。

  • アウトプットしない(から、そもそも誰にも価値が届かない というか、そもそも何も始まらない)
  • 評価を受けようとしない(から、現状が把握できない)
  • 評価を認めない、受け止めない(から、次にどうしたら良いか分からない)
  • 次のアクションに繋げない(から、改善できない)

※そもそも「評価」を「ダメ出し」とか呼んでいたら、その時点でダメな気がしますが。
これに関しては機会を見て別の記事にしましょうか。

なので、いち早く成長したいなら
方法は簡単です。
これらの逆をやれば良いのです。

人見知りだからとか、引っ込み思案だからとか、積極性が無いからとか
色々言い訳をしたくなるかもしれませんが
誰だって程度の差こそあれ、最初はそんなもんです。

ここでの問題はただ一つ。たった一つです。

「じゃ、どうするの?」

一歩でも良いから踏み出してみましょう。
一歩踏み出したキミは
踏み出す前より一歩ぶん確実に変化しています。
それを止まらずに続けていれば何とかなるものですよ。

年長者の課題

若者が勇気を持って前進できるようにするか
いかに彼らがチャレンジしやすい環境を作るか

でも、ゆるいチャレンジじゃダメ
言われたからチャレンジするんじゃダメ。

自発性とか自立性とか創造性とか
そんなのは言われて何とかなるものではないし。

どうやったらそんな環境が作れるのでしょう。
大問題です。

いつの世も、若者達は年長者から
色々注文付けられて大変ですね。

彼らも言いたいことでしょう

「そういうアンタはどうなんだ?」と。

全くその通りだよ。
我々はどうすんだ?
ってなもんですよ。

単に稼いだお金を使って
遊んでるだけではどうなのよ?

やはり何か頑張らないとイカンのです。
若者達が頑張れる環境のために。
彼らに問うばかりでなく
自らに問い続けないと。
さぁどうしましょう?

…って、答え無いんかよ!?

無いです。
多分、一生ジタバタすることでしょう。

陰陽というもの

陰陽という考え方があります。
そもそもは中国方伝わったらしいですが
今回はそういう歴史的な背景とかはどうでも良くて

ものごとの多面性とか
トレードオフとか
何事も原則的にはそういうものだよね
ということを言いたかったのです。

なので、そもそもタイトルは「陰陽」である必要は無いのだけど
まぁ分かりやすいので使ってみました。

何事も、自分に都合が良い側面だけ
という訳にはいかないよね
ということで

もちろん、その逆もしかり。
ココ大事。

多くは、明るい側面だけを得られないかと腐心したり
足を止めたりしますが
それはそもそも無理なこと。

多くは、負の側面に直面して困惑したり挫けたりしますが
それらは別の側面を持っていたり
乗り越えて成長するための糧となるものだったりします。

そういうのって、捉え方次第で気持ちの問題なわけですが
「仕方ない」と、全く気にしないとか
そんなことになってませんか?

でも、その気持ちの問題、心の問題を軽視してはいけません。

だって、メンタル的に低調な状態で、良い仕事しましょう
なんてのは土台無理な話でしょう?

逆に、メンタル好調ならば、良い仕事できて当然です。

そうじゃありませんか?
そんなのは誰でも知ってますよね。

そう考えると

悪い出来事を含み、何事にも感謝すると運が開ける

のようなのは、至極当たり前で
オカルト的な話でもなんでも無いのです。

一般的にネガティブな経験でも
もしそれに対してポジティブ側の解釈ができれば
決して障害にはならないどころか
場合によっては「燃料追加」みたいなことにもなる。

それが勘違いでも思い込みでも
自分がどう思っているかが
行動に影響を与えるのですから。

これをやるもやらないも自分次第。
まさに自由なわけです。

「えー?そんなの無理だよ」
と思ったあなた。

その通りです。
そう思ったら無理です。
なので、その「思い」は正解です。

今持っている価値観が
強烈に変化を邪魔することがありますが
変化しない方が楽ですから仕方ないかもしれません。

何事も自分次第ということですね。