成果が欲しけりゃ原因が必要

成功したけりゃ成果が欲しい

そりゃ当然なのでしょうけど、そう思ったところで、いきなり成果を掴める方法なんて無いわけで、そのための何が必要かといったら、当然ながら成果の前にあるもの…それはプロセスです。

「原因と結果の法則」ってのがまさにコレ。
そもそも原因が確定したら、それに準じた結果が出るのは当然で、そんなの「法則」と言うまでもない気がしますが、そう言った方が何やら不思議な感じがして面白いし、印象に残りやすいですね。

ま、それはそれとして、望む結果があるとき、直接的にその結果を掴もうとしがちですが、そもそもそんなのは無理なのです。お買い物じゃないのだから。

ならば、望む結果が起きるための原因を作れば良いだけで、それがうまくいけば良い結果が起きるのは当然ってことになります。

そのために大事なのは、結果の上流にある「プロセス」です。
成果、結果は、プロセスによって作られるのですから。

で、プロセスを構成するのは一体何か?
それらをどうしたら良いのか?

それがこの後のお話しです。

仕事をする上で大事なこと ~頼まれた仕事は断らない

仕事をする上で大事なことは、それはもう色々あるでしょう。

そもそも仕事の目的は何なのだ?というのも重要なのですけど、今回は一つに絞っていってみましょう。

お師匠様の佐野先生のポリシーの一つに
「頼まれた仕事は断らない」
というのがあります。

これは見事に教え子達に引き継がれているようで、彼らもうまくいっています。
この解説をしてみますね。

仕事を頼まれる時、当然それは他人から頼まれるわけで、仕事の成果は依頼者のためです。

これ、当たり前で、実に基本的に重要なことです。
「仕事は他のため」です。
にもかかわらず、多くはそれを忘れていたりします。

そして、多くは「選り好み」をしたり、労力に見合った見返りがあるかとか、リスクの大きさとかを見積もって、自分が得をすることを考え始めます。

これ、ダメです。相手が得するのが徳ですから、自分が得をすることを考え始めたら「悪」の領域に突入していきます。
カントの哲学参照

頼まれた仕事を選り好みせずに受けると、何が起きるか?

断らないでやれば、パフォーマンスが向上します。
受けた仕事の内容がどうであれ、自力で面白くしていけば、主体性とか創造性が養われるし、これまたパフォーマンスが向上します。
何より断らずに受ければ、相手は喜ぶでしょう。

安請け合いして失敗したらどうすんだって?
ベストを尽くしてやってみて、ダメならそりゃぁしょうがないでしょう。
あと、選り好みして断ったら、その後のチャンスは来ないと思いましょう。

とまぁ、偉そうなことを書いてみました。
で、自分はどうなんだ?と言われると困っちゃうのですが、やはり理想が無いとね。
日々修行ですよ。

自主性とか主体性とか

自主性とか主体性とかが無くても生きられる我が国は凄いよなぁ、と、ふと思ったりしました。
ちょっと皮肉っぽいですが。
でも、本当にそう思っています。

まぁ、先進国であれば、自主性とか主体性とかが無くても、すぐに生命の危機に陥るようなことは少ないとは思いますが、そうでは無い国は多いのではないかな。

それに、我が国の現状は、そこそこしっかりしているお陰で、自主性とか主体性とかが十分で無くても、組織やシステムがそれをケアしてくれるわけですが、この状態が崩れたらエライことになるのではないかな?

と、それを憂うこともできるのですが、そういったことをしたいわけではありませんし、誰かに文句を言いたいわけでもありません。

もしそういった心配があるのであれば、それをひっくり返して、全くそういった心配が要らなくなるような状態にできたら、それはそれで素晴らしいわけで、そのためには何ができるかなぁ、なんて考えるのが面白かったりするのです。

文明の発達、特に科学技術は、労力の低減や効率の向上のために発達してきた部分が大きいわけで、そのために「できればやりたくない」という気持ちが増大してくるのはある意味当然と思うのです。

その揺り返しとして
自分がやる
自分発でやる
そういったことを試したり、関われるチャンスに対するニーズが高まるのは必然のような気もするのです。
自然への回帰などもそういうことでしょう。

どう思います?