チームワークがものを言う

学生のうちに絶対にやっておくべきことの一つに
チームワークで何かをやる
ということがあると思います。

これ、「思います」じゃなくて
「絶対」ですね。

そもそもなぜ
会社組織をはじめとして
組織で仕事をするのか
というのを考えてみれば分かりますが
互いの得意なところを利用して
互いの不得手なところを補い合って
一人では不可能なレベルの
より大きな力を発揮するために組織は存在するわけで
そのための経験を学校でしておくことは重要です。

組織を構成する各人のパフォーマンスがそこそこ高くても
皆が同じような能力や特性を持っていたら
恐らく組織としては大したことはないでしょう。

さらに、その状態で
それぞれの力を結集することができなければ
恐らく致命的なことになります。

逆に、平均点としてのパフォーマンスが低い者でも
何か光るものを持っている
それぞれが違った強みを持っている者の集団で
その力を結集することができれば
かなりのパワーを発揮できます。

そういう経験を身に付ける機会は
どんどん減っている気がするのですがどうでしょうか?

個々人それぞれが
皆で同じようなことをやって
皆が同じようなことを学んで
皆が同じようなものを目指す

そういうのが必要なシーンもあるでしょうけど
それだけで良い世の中になればいいのだけど
どうなのでしょうか。
日々理想に近づいていますか?
そもそも理想はありますか?

夢工房では
色んな志向を持った者が頑張っていますが
その多くは入学時には、ごく普通の学生です。

ただ、自動車とか惑星探査機とか
そういったものに興味がある
と口にできて、行動することはできています。

とはいえ、やはり最初は結構普通です。
受け身だったり
それぞれがバラバラだったり。

その状態でコンペティションのためのことをしていくと
必ず壁にぶつかります。

この壁は「それまでの考え方・やり方」では
乗り越えることができません。

そりゃぁそうです。
コンペティションですから。

なので、必然的に壁を乗り越えて
成長せざるを得なくなるのです。

チャレンジする学生にとっての難しさ

学生がコンペティションのために
ものづくりをする上で難しいことがあります。

色々あるでしょうけど
その一つは環境への適合ではないかと。

どういうことかというと
高校まで普通の学生生活を送ると
既存のシステムに適合した考え方を持ちます。

そのシステムは、学生を管理するためのもので
ルールに従うとか言われたことをやるとか
そういったことです。
そこから外れた変わった考え方や、やりかたは適合できません。

学生のコンペティションとはいえども競争は競争で
コンペティションでは、他と同じでは競争力を持てません。
競争力は優位性です。

マシンを作る上でレギュレーション(競技規則)を守る必要がありますが
レギュレーションは開発の説明書ではありません。
その規則の隙を突いて
禁止されていないところに優位性を構築する必要があります。

こういった考え方ややり方は
学校ではアウトローです。

「いくら規則に書いてないからと言って
やっていいわけじゃないでしょ!」
学校ならそう言われて怒られます。
管理上面倒だし、倫理上の問題もあるから。

コンペティションでは禁止されていないことは
「やっていいこと」です。

学校ではルールを守っていれば褒められますが
コンペティションでルールを守るだけのマシンを作ったら馬鹿野郎です。

もちろんレギュレーションは尊重する必要はあります。
特に安全面に関することは本質的なところを理解すべきです。

そういったところと
競争面での優位性に関わるところの切り分けは
経験とセンスが必要かもしれません。

でも、誰も気付かなかったところに力を注いで
パフォーマンスを上げたら
誰も怒りません。

むしろ
「おぉ、そんなやり方があったのか!」
と賞賛されるでしょう。

ものごとの考え方もしかり。

学校では基礎的なことを少しずつやって、積み上げて
応用に持っていきます。

ロクに勉強ができない者が
高いゴールやターゲットを定めると
身の程知らずと言われるかもしれません。

コンペティションでも基本は大事ですが
チマチマ積み上げていたら
いつになったら自分達の欲しいものが手に入るか分かりません。

チャレンジャーは、まだ勝っていないわけですが
勝つことをゴールに定めなければチャレンジャーではなくて
始める前から敗者確定です。

ターゲットを定めたら
そのために必要な方法は自由に選べます。
基本なんて、すっ飛ばせるならすっ飛ばしちゃって
その先に行けるなら行っちゃってもOKです。

もちろん基本は大事だったりもするので
必要なところはつまみ食いすれば良いし
それで足りなければ頑張って勉強すれば良いでしょう。

こんなふうに、学生がチャレンジをすると
色々と環境が変わるわけです。
しかもかなりドラスティックに。

その辺への適合は、真面目なコほど難しいのかもしれません。
このあいだまで褒められていたアプローチが通用しなくなるのですから。

ですが、そういう難しさに直面するのは
彼らにとっては成長のチャンスです。

乗り越えるのは困難だったりしますが
一度乗り越えてしまえば変化への抵抗が無くなって
広い視野や、しなやかさと強さを手に入れるでしょう。

そのために必要なのは何でしょう?

熱意とか諦めない心とか勇気とか
結構シンプルなものだったりしますね。

定型的な知識のような難しさではなく
自分の内面にある
見えない過去の自分と勝負するような
そんな難しさだったり。

そういうのって年齢は関係なくて
ずーっと続くんだよなぁ
と自身思っておりますが。

まぁ、諦めないでやっていれば
そのうち楽しめるようになりますよ。

伸びる伸びないはどこで決まる?

若いうちに大好きなことにのめり込んで
一所懸命になった経験があるか否かが将来を決める

そんなことを実感する今日この頃。
実感するというより確信してます。

他に与えられたり指示されたりではなく
自発性を持って動けるか
ということであり
自分がやりたいことに対して
強い思いを持って行動できるのか?
ということでもあります。

言われたことに真面目に取り組むことができる

そんな資質も重要でしょうし
言われたことを真面目にやってくれる人は貴重です。

でも、冒頭のような経験を持つ者は
言われたことをやるのが苦手です。大抵は。

アイデア勝負の世界では
強い思いや自発性が無いと話になりません。

その辺は、学生がレーシングカーを作ってたりするのを見ていると良く分かります。
というか、そんなのは見るまでもないかもしれませんが。

なので、子供の頃から
言われるままに勉強して
言われたことを真面目にやる
というような経験しか無かったとしたら
クリエイティビティが必要とされる世界では
それでうまくいくなんてことはありえないと思っています。

本当は、幼少の頃から好きなことにのめり込んだ経験があれば最高なのでしょうけど
今の世の中そうもいかないでしょう。

最近の子供達は、創造的でムチャクチャな遊びのフィールドは無いし
習い事や塾で忙しいし。
好きなことといえばゲームでしょう?
(アレは他人が作って与えたものですから
独自性は無いし、いくら好きでのめり込んでも限界があります)

だからって諦めてしまうわけにもいかないでしょうから
大学でやれるだけやって欲しいのです。

平均寿命も労働寿命も延びているのだから
遅すぎるということは無いでしょう。