勇気という名のシンプルでパワフルなソリューション

夢工房の学生達
モチベーションは高くて
色々チャレンジしてます。

ですが、やはり人なので
好不調があったり
上手くいかないこともあります。

上手くいくときの特徴も大事なのですが
上手くいかないときの原因も興味深い。

上手くいっていないときの状態って
大抵は止まってます。

その原因を解決できれば
時間という名の貴重なリソースが有効活用できて
経験の数を増やせます。
これは実に大事なこと。

ダメなところを直したところで
武器が無ければ、そりゃゼロだ
みたいな話を何度か記事にしていますが
止まっているのは実にもったいない。
成長のチャンスを捨てているようなものですから。

前置きが長くなりました。

その、上手くいかなくて止まっている原因です。
これは夢工房に限った話ではありません。
大抵は…

恐れとか怠惰
もしくはそれらの複合したもの
そう言ってしまって良いと思っています。

これは、世代には関係ないでしょう。
私も経験ありますし
いまだにそう感じることもあります。

人は「分からないこと」に対して恐れを感じます。
それはもう、本能的なことだから仕方ない。

労力を払うことを回避しようともします。
それも本能的なことでしょう。

なので、何かにチャレンジし始めた者は
止まりがちです。

だって、初めてのことで
何が起きるか分からないことをやるとなったら
それはもう分からないことだらけでしょう。

なので、自動的に
安心な方が良い
楽な方が良い
となります。

ただしそれは
その瞬間だけのことで

その先には面倒なことが待ち受けているのですけどね。

さて
止まっているだけでは何も得られません。

本人は悩んでいるかもしれませんが
何もしなければ何も起きません。

では、どうしましょうか?

答えは簡単で

その時にベストだと思うやり方で
即断即決で動いてしまうことです。

やってみれば
結果がどうあれ
何かが分かります。

何かが分かれば
その次のアクションに結果を反映できます。

それを繰り返せば
きっと何かが良くなります。

決断と行動のために必要なものは
勇気です。

やったことがないことをやるにも
面倒なことをやるにも
勇気が必要です。

小さな勇気でも継続する事によって
大きな違いを得られることをお忘れなく。

The Majority

Majority(マジョリティ)
多数派のことです。

多くの人が
同一の価値観とか行動とか嗜好とか
そういったものを持っている状態ですね。

多数派に属するか否か
これは個人の価値観によるところで

あなたにとっては
どちらが気持ち良い?
ってことなのでしょう。

学校では、少数の教員によって
多くの学生が動きます。

なので、マジョリティが形成されやすい…

かといったら、そうとも言いきれませんが
でもやはり、コロナ禍での行動などを考えると
学生のみならず、多くが特定の指示に従う
という習慣を手に入れてしまったために
他の価値観とか意見に流されやすい傾向になっていると思います。

具体的なところで言うと
先生だかメディアだか分かりませんが

「TOEICが大事だ」
「インターンに行くべきだ」
「資格が有利」

なんて情報があると
かなり多くが何の疑問も持たずに追従します。

最終的には
皆が同じことをやったら差別化ができないので
そんなのは、ちっとも有利にならない
というジレンマになるはずなのですけどね。

まぁ、大学とか大学院なんて学歴も同様で
現にそうなっているわけですけど。

そんな彼らが何を見ているかというと…

立派なデッカイ会社に「入る」こと
です。

なんとか就職すること
かもしれませんが。

で、学校で覚えたことを
そこで言われるままに小出しに吐き出していけば
そこそこの暮らしができる…わけはありません。

ひょっとしたら先生は
そういうことを知らない可能性がありますね。
なので、勉強できれば仕事できるはず
みたいなことになっちゃうのかな。

そういう状態に対して

「おめぇ、仕事ナメてんだろ!?」
って、言ってくれる上司や先輩がいれば
気付きを得て、変化する切っ掛けになるかもしれませんが
最近は、そんな人はいないかもしれません。

ブラックとか言われちゃうし
ハラスメントとか言われちゃうし
部下が辞めちゃうのが怖いだろうし

難しい世の中になってきましたね。

ついでに言うと
なぜ高校生、中学生が受験勉強するかというと
希望の学校に「入る」ためです。

組織に入って、どんなことをしたいのか
それは問題ではない場合が多かったりするのですね。
入ることが重要なようです。

そんなことを幼少の頃から続けていたら
何の疑問も持たないでしょう。
習慣だもの。

この流れは、どうにもハッピーになれそうもありませんね。

そもそも
「入れれば良い」
というのは
彼ら自身の心の底からの望みなのでしょうか?

であれば、別に何の文句もないのですよ、実は。
好きなように、納得いくようにやってくれたら良いです。

そういったものに耐えきれない
パワーを抑えきれないマイノリティが一定数いるはず…
というか、最近は結構いることが分かっています。

そういった連中のパワーを解放するお手伝いは楽しいですよ。

数が少なくてパワーがあれば
それは「希少価値」ですから
美味しさ倍増です。


「思い」の育て方

「思い」
どうにも掴み所が無いように感じます。

そりゃそうです。
最上位の概念だから抽象的なのです。
具体的の真反対ですからね。

でも、この掴み所の無いものが
下位概念の全てを司っているわけで

もの凄く大事なのに
もの凄く軽視されていたりします。

恐らく我が国では
「思い」より
理論とか数字とか
見えるようにできることを重視しています。
特に学校などは。

そういう、見えることに執着して
結果として
どう思うか
が現れる
という感じになっています。

特に「思い」が無くて
つまり、何のために?という
動機が不十分なまま
言われたことをやって

その結果に対して
何かを思う。

まぁ、大抵は
そんなに面白くはないと思うのですけどね

せいぜい
言われたことができて
安心するくらいかな?
ちょっとは嬉しいのかも。

ても、本質的なところが
何か違う。

「思い」を実現するために
考えて、やって
うまくいったときの喜びとは
とても比較にならない。

仮にうまくいかなくても
何が必要かが分かるし
動機の違いで成長の度合いは大きく違う。

そういうことです。

何も、具体的に何かを作らなくても
思いを自分の外にアウトプットすることで
何かしらのリアクションが帰ってくる。

それによっても成長はできますから
どんどんアウトプットして
どんどん成長しましょう。

ぶっちゃけ
思いが先か
実体が先か

と言われると
思いも無いのに
良い実体が手に入る訳は無いわけで

そんなの簡単で
当たり前なことなんですけどね。