安定は継続できない…ではどうする?

多くの人は「安定」を求めますよね。
それは生存本能から来るものだったりするでしょうし
特に昨今のような不安定で先の見えない世の中ならなおさらでしょう。

では、安定を求める時、我々は何をするのでしょう?

今の状態を保ちたいのだから、何もしない?
理想の状態にたどり着いて、それを保ちたい?

いずれにせよ、最終的には上がりも下がりもしない状態
つまり静的な、安定状態にしたいと思うのではないでしょうか。

何もせずとも済む状態
とか
同じことを繰り返せば良い状態
そういったところに持っていきたいのでは?

しかし!

状態を安定させるためには何もしなくて良いのか
というと
決してそんなことはありません。

一見安定した状態でも、全く何もないわけではない。

多くが忘れがちなのは
外乱があるということでしょう。

イレギュラーは起きる
想定外は起きる
自分に変化が無くても、外部が変化して、相対的な状態が変わる
そんなことは必ず起きます。

加えて、我々人間は一人では生きられないので
相互に依存する必要があります。
そんな環境で
「自分は安定したいから
他のことは知らん」
とかやっちゃうと
途端に色んなことがうまくいかなくなったりします。

そんなことを考えていると
一口に「安定」とは言っても
なかなか難しいことだよなぁ
なんて思うのです。
特に利己的なケースは。

そう。皮肉なのは
自分のことばかり考えていたりすると
自分すら生きづらい状態になりがち
ということ。

ならば、逆をやれば良いってことなのです。

考えてあげると考えられなくなる というお話し その3

結局
考えてあげて
言ってやらせる
というのは、相手の思考を奪うことになりかねないということです。

リスクや失敗を避ける
そもそも、これをゴールとしてしたいのは、指示する側だったりします。

そう。「そもそも」です。

というのも、子供だって失敗はしたくないでしょうけど
それよりも彼らは、「やりたい」のです。

その結果、「やらかす」ことも多いわけで
ケアする側は面倒です。

それに加えて
ケアする側は
言われたこと(だけ)を忠実にやっていれば
場合によっては
言われたことを死ぬほどパワフルにやっていれば良かった
そういうことを経験した世代だったりもします。

なので、自分が正しいと思ったことをやらせる。
しかも失敗しないように。

学校はもちろん、家庭や、教育のシステム自体が

言われたことをやる良い子
言われたことしかしない良い子
言われないとできない良い子

をつくる環境を作っています。

言われたことができる
というのは大事なことなのですけどね。

けど、それだけじゃ行き詰まります。
特に先が見えない、今のような世の中では。

指示されてもいないのにやる
指示されていないことをやる
学校では、そんなことをする必要はありません。
点数がもらえるわけではないし、効率が悪いし、ヘタすれば怒られる。

でも、そういう人も必要です。
特に先が見えない、今のような世の中では
そういうチャレンジャーが未来を切り拓くのですから。

では、「言ってやらせる」こと無しに、放置すれば良いのか?

そういうわけでもありません。

つづく

考えてあげると考えられなくなる というお話し その2

負荷が減るように
失敗しないように
リスクを回避できるようにと
周囲が
考えてあげれば考えてあげるほど
やってあげればあげるほど
守れば守るほど
本人はできなくなる。

そりゃそうです。
他人がやってくれるなら、自分はやる必要が無くなる。

で、その背景には、指示する側が望むようにしたいという思いがある。
そして、その望みに従わなければならないという義務感というか、圧力というか、時としてはルールだったり、そんなものがあるわけで…

そこから外れると、不正解で、ダメで…
となるでしょう。

そういう環境にいると、自分のゴールは自分でセットできなくなって
他人に言われたことをやるしかなくなる。

指示通りにちゃんとやる

ということです。
そうしないと点数もらえませんから。

しかし、社会に出た途端に
「指示待ち人間はダメだ」
のようなことを言われるのですよ。

本人にしたらビックリですよね。
というか、ワケ分からんでしょう。

今までは、指示通りにちゃんとできたら最高点だったのが
急に「言われないとやらんのか!?」とかなっちゃうのですから。

まぁ、「指示通りに…」というのは、時と場合によるのですけどね。
それしかない環境に身を置いたら、基本姿勢がそうなるのは仕方ないでしょう。

はい、今回は
指示待ち人間のつくり方
のお話しでした。

つづく