発展に伴うもの その1 産業革命

近年は「AI革命」などと言われます。

これ、どういうことかというと
近代の人間が経験した
大きな革命的な出来事の一つに
カウントできるからです。

この「AI革命」が
果たしてどのようなものになるのかは
渦中にいる我々には分かりません。

しかし
過去の出来事を紐解けば
どのような方向になるのか
そこにはどのようなチャンスが潜んでいるのか
なんてことが
ある程度想像付くのではないかな。

というわけで
最初の出来事
産業革命について考えてみましょう。

産業革命期には、単純に
「人の仕事が機械に置き換わった」
というだけでなく
従来の技能を持つ労働者と
機械を導入・開発する側との間で
かなり激しい社会的衝突が起きました。

それまで熟練職人が
長年かけて身につけた技能によって製品を作っていて

技能によって高い生産価値を生み出し
それが職人の収入・地位を築いていたわけですが

それが
機械によって比較的未熟練な労働者でも
大量に、速く、安く作れるようになった
わけです。

ちなみに
機械が人間より上手だった
ということではありません。

で、対立が起きます。

イングランドの繊維産業地域で
職人たちが工場を襲い
織機などを破壊する事件が相次ぎました。

これは単に
新技術を理解できない人たちが機械を嫌って壊した
というより

長年かけて身につけた自分たちの技能を
機械を持つ側が無価値にしようとしている

と思ったことが原因のようです。

一方、機械の開発者や工場経営者からすれば
機械を使えば、もっと安く、速く、大量に製品を作れる
わけで
機械を導入しない理由がありません。

産業革命で起きたの
「ものを上手に作れる人」から
「ものを作る仕組みを作れる人・使える人」へ
と、価値の一部が移動したわけです。

とはいえ
ものをつくる人が完全に淘汰されたわけではなく

極めて高い技術
つまり
機械では不可能なレベルの技術を持つ人達
は淘汰されませんでした。

老舗のブランドや
高い技術を持つ職人さん
などが分かりやすいところです。

我が国には、そういった人達が比較的多く残っています。
そこからは
価値とはなんぞや
という大事なことが学べます。
大事にしたいものです。

動力の話その7 拡張されたエコシステム

動力の話からは外れてしまうかもしれませんが、実は動力はこういった全体の一部なのです。
ということで話を締めくくりたいと思います。

そもそも、道具やテクノロジーを持たなかった頃の人間は、食べたもののカロリーによって、体を動かすというシステムです。
とはいえ、その食物も自然界から得ていたわけですが。
そして、自然は主に太陽からのエネルギーで成立していたりするわけで…
結局のところ、人が摂取できる食料も持つカロリーと、体力で仕事量が決まる。
記事にはしていないけど、、道具の工夫も重要な要素。
そんなエコシステムです。

今回の動力の話は…

人の持つ限界を超えるために、より力の大きい家畜の動力を使った。
当初は、ものを運ぶとか、畑を耕すといった仕事だった。
エネルギー源は自然から得た餌。
これにより、楽に大量の仕事ができるようになった。
設計要素としては、家畜に取り付ける器具や道具。

その後、機械を組み合わせて、水を汲み上げるとか粉を挽くといった発展をした。
しかし結局は、動物の持つ力の限界や、安定性などが限界になる。
しかし、機械要素の設計技術は発展。

そこで、力の発生源そのものを機械化する。
システム全体が人による設計となる。
エネルギー源は、餌から化石燃料へと変化。
より安定した仕事、よりパワフルな仕事ができるようになった。

そんな風に、動力源を家畜から人工のものに置き換え、エネルギー源は化石燃料を用い、ますます楽に大量の仕事ができるように発展してきましたわけです。

そして、そこに制御が入り、自動化ができるようになりました。
当初は機械による制御でしたが、後に電子制御になり、コンピューターが発達して、より安価で高度な制御が可能となりました。
加えて通信技術が統合されて、遠方からの制御も可能に。

そして今、この地球規模で制御が可能となった巨大なエコシステムに、人工知能が加わりつつあります。
それと同時に、エネルギー問題と環境問題が顕在化しています。

巨大なエコシステムを維持・発展させるには、膨大なエネルギーが必要です。
巨大じゃなくても、文明を発展させるためにはエネルギーが必要。

エネルギーを消費すると、基本的にCO2が出ます。
人だって、家畜だって、機械だって
動作時はもちろん、作るときも、処分するときも
CO2を出すな、というのは、発展するなというのと似たようなものです。

果たしてどうなることやら。

動力の話その6 ガソリンの正体

ダイムラーとベンツガソリンエンジンで走行する自動車を開発したわけですが、その当時ガソリンがあったのか?一体何に使われていたのか?

実は当時(1880年代末〜1890年代初頭)、ガソリンは一般人が手軽にどこでも入手できる燃料ではありませんでした。

19世紀後半(1870〜1890年代)は、ランプの燃料として灯油が主流でしたので、当時の石油産業の主目的は、原油から灯火用の「灯油(ケロシン)」を得ることでした。
ちなみにそれ以前は、鯨から採った鯨油や植物油がメジャーな液体燃料でした。

原油から灯油を精製する際、副産物としてガソリンが生成されてしまうのですが、引火性が高く、危険で厄介な物質とみなされており、多くは捨てられて、一部は化学実験用や洗浄用として用いられていました。
なので、今のように手軽にガソリンスタンドで給油できるようなシロモノではありませんでした。

有名なエピソードに、開発者ベンツの妻、ベルタ・ベンツのドライブの話があります。
ベルタは、夫に内緒で試験走行を敢行したのですが、燃料は途中で切れてしまいました。
そこで彼女は、薬局に立ち寄って燃料を購入しました。
そう、薬局で燃料を購入したのです。

当時、薬局では「リグロイン」または「ナフサ」という名で販売されており、これはガソリンとほぼ同等の化学物質でした。
ちなみに、その時の薬局は現在、「世界初のガソリンスタンド」として記念館になっているそうです。

参考:当時のガソリンの入手経路
薬局(薬品として販売) 化学溶剤・洗浄液として少量販売(高価)
化学商(薬品卸) 実験用・工業用ナフサとして扱いあり
石油精製所の副産物 灯油精製の副生成物として廃棄同然に存在

ダイムラーやベンツは、直接化学商や精製所と契約して入手したそうです。

このように、動力用の燃料の歴史は
薪 - 木炭 - 石炭 - ガスやガソリン
と移り変わってきたわけです。

薪の持つエネルギー量を1とすると、木炭は2で、石炭は2~2.5くらいの違いがあるという話はすでにしました。

ガソリンは薪の3倍のエネルギー量を持ちます。
液体燃料のエネルギー密度は高いのです。
なので、より軽量で動力の性能が高い機関を作れる可能性があるということです。

また、原油からは、重油、軽油、灯油、ガソリンなど、多様な燃料の他、アスファルトやプラスチックなど、様々なものの原料も得ることができます。
ただ、困ったことに、埋蔵量には限度があり、CO2排出の問題もあるのです。

単に動力などのためのエネルギーとして「電気と入れ替えればいいじゃん」とならないのは、その電気ですら石炭やガスや液体燃料からのエネルギー変換で生み出されるもので、自然から採掘されるわけでは無いし、原油のような原料を生み出すわけでもないので、電気とガソリン、どっちがいい?といったような単純な話では無かったりするのです。

ちなみに、ニコラ・テスラによって、交流モーターが発明されたのは1888年です。
1821年のファラデーによる電磁回転運動の発見から実に60年以上経って、電動モーターが生まれたということです。

そして、1892年には、 ディーゼルによって高効率内燃機関であるディーゼルエンジンが発明されました。

ヘンリー・フォードが自動車を製作したのは、ダイムラーとベンツによる自動車の発明から10年くらい後の1896年です。
その頃、世には蒸気自動車と電気自動車、ガソリン自動車が混在していて、蒸気自動車が一番パワフルだったのです。
そして、エジソンは仲良しだったフォードに、「ガソリン自動車は有望だから頑張れ」と言ったそうです。

つづく