日本はどうあるべきなのか

私ごときが、こんな壮大なテーマを考えたりもするんですよ。
だってね、こういうのって皆でやらなきゃいけないと思うわけですよ。

「たぶん誰かが考えてくれるだろうか
それに従えばいいよねー」
と思って人任せにしてしまったら
良いことありません。

正解なんて無いのかもしれないし
皆で考えてアイデアの数自体を
増やしておかないといけないし
自発的に考えてやること自体が
パワーの根源でもあると思うし
そうやって皆で頑張ることが
風土や環境を作ることでもあるから。

地方の一大学の
小さな研究室だろうが
世に出ていく学生達は
大きな可能性を持っているわけで
彼らが本気になったら
かなりのことができるはず。

それに、彼らもれっきとした
日本の一部なのですから。

なので、私がこういう
一見、分不相応なテーマについて考えて
そのためにどうあるべきかを考えて
その考えや行動を学生とシェアをするのは
とても大事だと思うのです。

さて、このテーマで記事を立ち上げたからには
気になるところがあるわけです。

まず
「今のままではマズイだろう」
という前提があるのですが
この点については皆さんの同意を頂けると思います。

失われたウン十年だし
世界的にザワザワしているし。

なので
何かしら変えなければならない。
ですよね?

そして次に
「今の日本にロールモデルたる国はあるのか」
これは大変気になるところです。
お手本になる、真似る対象になる国はあるのか?
ということです。

こんなこと問うまでもないのかもしれませんが
まぁ、無いですよね。

あれば楽ちんだったのかもしれませんが
残念ながら無さそうです。

日本はいろいろな意味で独自すぎて
真似る相手はいません。

これらを考えた時点で明かなのは

  • 今のままではダメ
    なので変わる必要がある
  • 真似る相手はいない
    なので自分達で何とかするしかない

そんなところでしょうか。

「そんな面倒なことをしなくても
自分はこのままでいいよー」

と思ったとしましょう。

環境が「このまま」を
許容してくれればいいのですが
そんな悠長なことを言える状態
では無くなるかもしれません。

それに
「このまま」
は、一体何によって作られているかを考えると
それはもう非常に繊細かつ大規模な
諸々によって為されているわけで
そんなの一個人の希望で
キープできるものではありません。

たぶん皆さん薄々気付いてるでしょう。

たぶん今はとても重要な
ターニングポイントに差し掛かっている
というか
ターニングポイントに
しなければならない時
ではないでしょうか。

うまいこと「このまま」であってくれれば良いのかもしれませんが
その可能性は小さい気がするし
少なくともそれでは面白くはなっていきません。

なので面白くなるように舵を切りたい。

この現状を、ある方向から見ると
マズイ状態なわけで
それに対応すると
恐怖心が動機になった行動
ともなりそうですね。

でも、そうではなくて

ポジティブな見方をする方向で
考えたり行動したり
そんなやり方は無いのかなぁ
なんて考えたりしています。

別に革命を起こそうとかって話ではなくて
いつも通りより…
ちょっと工夫したり
ちょっと勇気を持って頑張ったり

皆が行動すれば
たとえそれが小さいことでも
結構色々変わるんじゃないかな
と思ってるんですよ。
というお話しでした。

AIが来るその先は

ちらほらAIをネタにしてますけど
今回もAIネタにしてみます。

ChatGPT使ってみましたか?
どのように使いましたか?

最初は検索エンジンのような使い方とかですかね。

そもそも検索エンジンをなぜ使うかというと
知りたいことがあって
その答えを知る糸口として
検索してみて
その結果に表示されたサイトを開いてみて
そこから答えを見つける
とういったことがしたいわけですよね。

で、ChatGPTを使ったりすると
知りたいことを聞けば
直球で教えてくれるので
表示される関連サイトを開いて
探すような手間が省けますよね。

そうなってくると
「聞き方」が重要になります。
ちゃんと聞かないと
ちゃんと答えてくれませんから。

まぁ、さすがにAIなので
ある程度は質問の意図を汲み取ってくれる
ようなところはあるようです。

さてさて
ここですでに問題の核心に迫っています。

「ちゃんと聞かないと」
です。

つまり、ゴールの設定をちゃんと指示してあげないと
そのために必要なことは構成できないってことです。

「なんでもいいから適当にやっておいてよ」
みたいのには対応できませんよ
ってことです。
結果は指示次第です。

残念だったな、のび太君!

なので、AIが面倒なことや難しいことをやってくれて
楽ちんなのかもしれませんが
ヤツらに高度なことをやらせるためには
指示者がそれなりに分かっていないとダメだよね
ということです。

そういうのは設計の環境なんかでもあるのです。

AIではありませんが
3Dの設計ソフトで
強度解析やら機構解析やら
色々凄いことができるソフトウェアは
ずいぶん前からあるのですが
凄いことをやらせようとするなら
基本的にその条件設定とか
考え方がちゃんとしていないと
ちゃんと動かないのです。

マニュアル読んで
使い方を理解しておけばいい
って話ではないですよ。

(どうしたらいいかを
何かを見たり人から聞いたりして
それをやればいい
ということではないということ)

まぁ、原理原則は分かっていないと
話にならないよね
ということです。

それさえ分かっていれば
今まで手描き計算でゴリゴリやって
頭痛くなっちゃうようなプロセスはPCにお任せして
より高度な設計ができたり
その先に行けるってことです。

これも勘違いしちゃいけないのは
やりたいことがはっきりしていないのに
PCが勝手にやってくれる
なんてことは無いってことです。

今回ネタにしたかったことはそういうことです。

ちゃんとゴールを設定できることが重要になるよ
ということです。
もちろんそれは、自発的に、内発的にです。
「夢を見られる」と言っても良いかもしれません。

自由であることが重要という言い方もできるかな。
自由って「自らに由る」で
「自分で決める」ということですからね。

それができれば
あとはAIなどのツールや環境を使って
より具体的な手段にスピーディーに落とし込めます。
そうしたら、あとはやるだけ
形にするだけです。

そんな将来は近いうちにやってくるのでしょうけど
そういう環境に合わせて労働環境は
再構築されていくかもしれませんね。

AIに向かって指示を出す人

AIの出した答えを実行する人

そんなふうに。
これはすでに皆さん想像が付いているかと思います。

もちろん、どちらも必要で重要なのですが
どちらをやるかはその人次第です。

あと興味深いところでは
専門領域を飛び越えて
より広い範囲に関われる可能性もあるのかな
とも思っています。

最初は専門領域の壁というか
既得権益の壁みたいのが立ちはだかるかもしれませんが
そのうちそいつは破壊されてしまうかもしれません。

だって
弁護士が要らなくなるかもしれない
とかいう話ですから
エンジニアリングの世界も相当変わりますよ。

この件も引き続き検討が必要ですね。

徳は本なり、財は末なり

カネとかモノに強く執着していると…
これは、それらをゴールとしていると
という意味ですが
それで幸せになれるのか
といえば、そうでもないであろうことは
きっと誰でも思うことではないかな。

でも、現実はどうか?
自分はどうなっているのか?
社会の空気感はどうだろう?

「徳は本なり、財は末なり」
という言葉があります。
原典に興味があったら検索すれば簡単に分かりますが。

簡単に言うと
「得がある人になれば、財産は着いてくるもんだよ」
という意味です。

逆に
「徳が無いのに直接的に財を求めても
それは身に付かないものだよ」
ということでもあります。

全くもってその通りだとと思います。

まぁ私の場合は大して徳が高くないので
ビンボーなままなわけですが。

私は、今でこそ大学の先生なんてやらせて頂いてますが
職歴を辿れば、職人をやっていたりした時期もあったり
プータローも経験していたりして
学生時代にレースをやっているときなんかは
時代が時代だったので
ヤバめなスジの凄まじくお金持ちなスポンサーさんと
接する機会を頂いたりもして
色んな立場で色んな人と接する機会を頂けました。

とはいえ
世の中にはまだまだ幅広い経験を持つ人が
ゴマンといるわけで
こんなのは大したことない方だと思います。

でも、お金に関しては少々分かったことがあって
それがまさに
「徳は本なり、財は末なり」
だったのです。

強烈にお金を求めた結果
短期的に凄まじい財産を手に入れて
その後、消息不明になる
なんて知り合いもいました。

これは極端な例ですけど
パワフルにお金を追い求めれば
何とかならないこともない
ということですね。
でも、そういうのは身に付かないようです。
あまり幸せそうでもありませんでしたし。

人格的に素晴らしくて
立派な仕事をされている方は
やはり相応の財を成していますよね。

そのようなケースは
価値のある人そのものに
「財が着いてくる」
といった感じなのでしょうね。

生きるのに困るほど経済的に困窮していたら
それはもう徳だのなんだの言っている場合では無くて
直接的に生きるためのリソースを
求めるしかなくなるかもしれません。

でも、そうであってもそうでなくても
日々徳を積むような生き方をしていれば
他人が必要としてくれるわけで
それこそが価値の根源になりえるわけです。

と、言うのは簡単なのですが
実践するのは難しいですね。

やはり手強いのは自分自身ですね。
自分自身を御するというのは難しいことです。
分かっていてもできないことだらけ。

ついつい手を抜いてしまいがち。
なかなかうまくいかないしね。

「もういいかな」
なんて思うこともしょっちゅう。

だけどここで
考えるのをやめたり
ちっちゃな努力をやめたりしたら
それこそ無価値街道まっしぐらです。

難しいのだけど
日々ちょっとずつでも何とかしないとな
と思いながら過ごしています。