価値の話

価値とはなんぞや?
これについて思うところを書いてみます。

それは「お金」である。
という人もいるでしょう。

でもお金は、価値を見える化したものに過ぎません。
発信した価値の対価であって、価値そのものではありません。

ものをつくるのであれば、その「もの」が価値を発揮することとなります。

その根源は、つくる者の思いと考えと行動でしょう。

なので結局のところ、価値は人から発生するものです。

価値の大きさは、渡す相手の心をどれだけ動かせるかによって決まると思っています。

相手の心を、どれだけ大きく動かせるか
相手の心を、どれだけ長く動かし続けるか
どれだけ多くの人の心を動かせるのか

そんなことで価値の大きさが決まるのではないかな。
つまり、受け取る側の喜びの大きさと言って良いかと思います。

もちろん、上の3つ全てを満足させても良いのですが、戦略的には、どれかをピンポイントで高めるというのもアリですね。

そして、発信した大きな価値が認められたなら、それは自分の価値が認められたということです。

相手が求めるものだったり、相手が喜ぶことだったり、つまり未来を想像したりできなければ、大きな価値は作れない。
しかも未来は不確定なのだから、チャレンジ無しにはありえません。

さて、ではどうしましょうね?

好奇心は大事

当然と言えば当然なのですが、一応、言っておいた方がいいかな、と思いました。

自分の強みを作って、それを使って、何かをやりたいと思うなら、入り口は好奇心で良いでしょう。
興味を持てることをやりましょう。
好奇心を軽視してはいけません。
そういう理屈にならない直感みたいなものって、案外正しいのですよ。

理屈によって構成されたものって、その理屈が崩れたら成立しませんが、直感によるもの、気持ちによるものは崩しようがなかったりします。

だから強い。

誰かがこう言ったから、なんてのに乗っかって、興味もないことをやったところで、頑張れないので、うまくいかないと思うのです。

興味も無いものに取り組む時にどうするかというと、結局は一般的なやり方を調べて、それに沿ってやったりするでしょう。

だったら、誰がやっても似たような結果になるわけで、競争力があったり独自性がある価値となるかというと…それは難しいのではないかな。

そんなことやっても面白くないでしょう。
面白くなければ頑張れないし続かない。

だったら直感でピンときたものを、やるだけやってみたら良いでしょう。

で、やってみて行き詰まったら…

あぁ、これは誰がやっても簡単にいくもんじゃないんだ。

と思うかもしれません。
だとしたらチャンスですよ。

だって、誰がやっても簡単にいくわけではない、気になるものを見つけたわけでしょう?
それ、モノにしたら強いですよ。

我慢も大事なのだけど

でも、やりたいことを我慢しすぎるのは良くないよ、というお話しです。

やりたいことがあっても、何か前提条件を課して(もしくは課されて)
我慢して、やらないとかってのは良くある話…ではないですか?

「これができたら次をやっていいですよ」
とか
「今は~だから、そのうち」
とか。

まぁ、そういう我慢も時と場合によっては必要でしょう。
でも、その我慢の先には何があるのでしょうか?

ひょっとして…
これはもう、人それぞれなのかもしれませんが…

我慢した末に、やらなかった(できなかった)

なんてことになってませんか?
そんなことばかりだったりしませんか?

我慢や先送りを繰り返すと、それがデフォルトになってしまうのは当たり前です。
だって習慣になるのですから。

思って…諦めて…思って…諦めて…

そうなっちゃったら、変化するのは難しいですよ。
年齢を重ねたらなおさらです。

あとは、タイミングが重要ってのもあります。

「やりたい」と思っている時が一番美味しいタイミングです。
それを過ぎて冷めてしまったら、もう美味しくないのです。

それはもう、結果がどうあれって話です。
やってダメなら、次はもっとうまいことやればいいんですよ。

「今やってもダメそうだから、できるようになったらやる」
って、一見マトモそうですが、実は理屈が破綻してますよね。