人生に無駄なものは無いってことか

ポジティブな動機による行動とか成功体験とか
そんなことばかりだと良いのでしょうけど
実は、個人的にはそうは思っていなかったりする
というお話しです。

恐怖や不安、怒りなど
ネガティブとされる感情が行動原理になっているのは
一般的には好ましくないとされますし
私もそう思います。

そんな感情を持ってしまう根源には必ず原因がある。
その原因は、かつて自分が仕掛けたことで
何を仕掛けたかによって
何が起きるかが決まる。

何を仕掛けるかは
その時自分がどう思っていたかによる。

そういうのを人のせいにしたりもできるけど
でも、よくよく考えてみると
大抵は自分が何とかできたことばかり。

と、そんなことを考えるのも
かつてネガティブな感情が動機となって
うまく行かなかった経験があるからで

まぁ人生そんなもんだし
そこから気付くことがあるなら
まんざら無駄な経験でもなかったよな
と思うわけですよ。

凄いことを成し遂げた人なんて大抵は
とんでもないことをやっていたり
悲惨な目に遭ったり
色んな経験を経た末に
立派なことを達成したりしているわけで

波風立てずに
荒波に揉まれもせずに
気付いたらうまくいっちゃった
なんて人はほとんどいないでしょう。

夢工房の連中に求めるのは
素直に言うことを聞いて
言われたことを忠実にこなして
他人の手を煩わせずに
と、そんなんじゃないのですよ。
そんな薄っぺらな経験をして社会に出て欲しくない。

できることを全力で…に限らず
できるかどうか分からないようなものでも
熱意を持って本気でやると何が起きるのか
そんなことを身をもって経験して
世の中を盛り上げていける人になって欲しいのです。

ネガティブな感情を行動原理にするのはいかがなものか
と思う反面
そういう感情を有効に利用することが大きな力の源になったり
それが成長のきっかけになることもあるので
これまた一概に悪いとも言えない場合もありますけどね。
そればかりでもどうかな、と思いますけど。

まぁいろいろありますね。

良い塩梅 中庸を知る

すぐやるシリーズで言いたかったのは
考えすぎずにすぐやろう
ということで
決して「考えずにやれ」ということではありません。

本当に何も考えずに、感じるままに動いていたら
凄く動物的で異常な人になっちゃいますから。
そんなことは言うまでも無いでしょうけど。

そんな極端でなくとも
考え無しに先に進んでしまったら
それは単なる手抜きで
あまり良い結果に結びつきそうもありません。

だからといって
考えすぎて時間を浪費すると
実行する時間、最適化する時間が無くなって
本末転倒になります。

失敗するのが嫌だったりして
自然とそこに執着すると
最低限を狙うとかってことになりがちだし

単に面倒なら、先送りしたりしがち。
で、どうせやらない
ということになる。

まぁ、そういうレベルは論外ですが。

なんでも完璧にしたい人は
なんでもガッチリやればいいですが
大抵、そういうのは無理でしょう。

うまくいかせたいから
早く着手して
どうしたら良いかを
経験しながら知るのが良いでしょう。

「まだ考えられるかな?」から
「これはやってみるしかない」に
いつ移行するか
その閾値が大事なのだけど

それは経験によって探っていって
自分で作るものでしょう。

そういうのが「自分はこうやる」という
ポリシーになるのではないでしょうか。

自分は何を大事にするのか
何で勝負するのか
というのは
やはり経験から決めていくべきでしょうね。

考えずに動いて失敗する
良く考えすぎてやる時間が無くなる
その両極の間に最適値があるのだけど
どの辺が良いのかという「塩梅(あんばい)」
そういうのを中庸(ちゅうよう)とも言いますが
そういうのは、やらないと分からない。

なので
考えすぎて手数が減るよりも
考えすぎずに動いて
時として極端にやってみて
失敗する側からのアプローチの方が
結局はうまくいくのだと思います。

先払いできるかい?

確証が無いことはやりたくない
そういうのは無駄だ。
動機も無いのにできない。
そんなふうに思うことがありませんか?

そういうのって、理系人間の専売特許かと思いきや
結構そうでもなかったりしますよね。

世の中、不思議とも思えることがあります。

良いことが起きたら喜ぶ
これは普通ですが
先に喜ぶ

何かをしてもらったら感謝する
これも普通ですが
先に感謝する

喜びや感謝の先払いと言ったらいいのか。

そんな風にしていると
良いことが起きたりチャンスが舞い込んだりするのです。

なんかスピリチュアルでオカルト的?
いえいえ、そうじゃありません。
「精神的」という意味なら
スピリチュアルなのかもしれませんが。

喜んでいる人、感謝する人のところに
チャンスが行くのは当然です。

あなたは
喜びもしない
感謝もしない
そんな人にチャンスをあげますか?
あげないでしょう?

チャンスをあげたら
喜んで欲しいし感謝して欲しい
そうなったら自分も嬉しいですから。

チャンスをあげても
喜びそうもなかったり
感謝しそうもなかったり
そんな人にチャンスをあげるのは
難しいというか、苦しいというか…
無理ですよ。

ほら、簡単な理屈でしょう?

人は感情が欲しいんですよ。

嘘だと思うなら…やらなければいい。
その分、やっている人にチャンスが集中するので
彼らの喜びが、より大きくなるから。
でも、それじゃ世の中二極化しちゃってイヤだなぁ。

不満や文句、悪口ばかり言っている人は
「そういうことを言いたくなる対象があるから
自分には喜ぶようなことが起きないんだ」
と思っているかもしれませんが
それは逆だったりするのですよ。

そんなのは
よーく世の中を見ていれば分かるはず。

楽しそうに仕事をしている人なんかを見ていたりしても
そういうのは良く分かると思いますよ。