ChatGPTの動作のお話し

ヤツ、実は正しい答えなんて出してないって知ってました?
そういう仕組みじゃ無いのですよ。

そもそも正しいって何だ?
って話もあるんですけどね。

ChatGPTがどんな動作をしているかというと
ユーザーが入力した言葉を分解して
そのワードに対して
一番確率の高い言葉で返しているだけ
なのだそうです。

え!
それが人口「知能」なの?

そうらしいです。

なので、聞いたことに対して
正しいことを答えていないのです。

確率の高い、ありがちな返答内容です。

それが良く分かったのは
自動車の歴史、しかもかなりマイナーな話を振ってみたところ
案の定、多くの人が勘違いしている内容で返答してきました。

それに対して突っ込みを入れると
「済みません」って素直に謝ってましたけどね。
そうやってさらに学習しているようです。

でも、この事実を知った後
自分が人の話を聞いているとき
返答しているとき
自分の脳ミソが、どのような処理をしているのか
気にするようになりました。

確かに、話を聞いているときに出てくるワードに対して
いちいちどう返答するべきかをサーチしている気がします。

ChatGPTを開発した人、凄いなぁ
と思いましたね。

自分の頭の中で、どのように思考しているかなんて
今まで意識したことありませんでしたもの。
それに気付けるなんて、ホント凄い。

恐らく従来のAI開発のアプローチは
入力に対して、いかに正しい反応をするか
を追求していたのではないでしょうか。

それを、脳の構造や
実際の脳の動作からのアプローチに切り替えた
ってことですかね。

恐らくAIは、今後も進化していくでしょうけど
どのように変わっていくのか楽しみですね。

色々な人がAIの進化に対して懸念を持っているわけですが
その懸念の内容も何となく分かった気もします。

それは色々あるでしょうけど
一つはAIを使う我々の側にあるのは間違いない
と思っているのですが、どうでしょう。

ピラミッドの話

初めてエジプトのピラミッドを見た時
どう思ったと思います?
エジプト最大のクフ王のピラミッドです。

思ってたより大きくないなぁ
です。

実際は大きいですよ。
でも、見る前の期待に対して
ということです。

期待値が大きすぎたのです。きっと。

クフ王のピラミッドの存在が近代文明に認識された当時
世界で最も高い人口の構造物だったそうです。
そして、作り方に関しては
現在も決定的な説は無いなど、とても興味深いです。

技法としての作り方は良く分からないけど
分かっていることがあります。

それは…

最終形態を決定してから作り始めたのは間違いない
ということです。
当たり前ですが。

頂上には大きな四角錐のキャップストーンが乗っていたのですが
(今はありません)
その位置と形状はすでに決まっていて
そのために最下段から作っていったのは間違いないでしょう。
要は、キャップストーンはゴールです。

世界最古の木造建築群である
法隆寺も同様でしょう。

法隆寺の五重塔は
1,300年を経た今も立ち続けています。
もちろん何度もメンテナンスはしていますが
基本的には昔のままです。

ゴールとしての最終形態ありきで
土台から作っていくのは、いずれも同様でしょう。

さて、今回は何が言いたいのか?

何で社会に出る前に
ゴールやビジョンを実現する経験をしないんだい?
ということなんですよ。

技術だって学問だって
そのためにあるのに。

どうなっちゃうか分からないけど
まずは土台から作ってみるか
なんてことはあり得ないですよね。

できるかどうか分からないけど
ビジョンを実現するために頑張ってみて
何が大事か体験しないと
その先の学びだって、どうしたら良いかなんて判断つきませんよ。

「どうせ社会に出たらやることになるから…」
じゃ遅すぎます。

だって、ビジョンのためにやる
という経験が無くて
言われたことをやる
が習慣になっているのですよ。

年齢を重ねてから
急に路線変更なんてできませんよ。

もちろん、そんなんじゃ面白いことになりません。

若いうちはデカイ事なんてできない
なんてことはありません。

三内丸山遺跡の大型掘立柱建物を知ってますか?
直径1mm長さ14m以上のクリの丸太を6本立てた構造です。

当然ながらこの頃は、クレーンなどの機械も、運搬のための車輪も
木を切るための金属製のノコギリすらありません。

縄文時代の平均寿命は30才くらいです。
なのでこれは、凄く若い連中が頑張ったに違いないのです。

歴史を振り返れば
世界中、きっとそんなことばかりです。

なので、今はできないなんてことはあり得ません。
今だってできるはず。

ちなみに、三内丸山遺跡は二度ほど行きました。
ぜひ足を運んで、現物を前に当時を想像してみて下さい。
「オレにもできるかも」
って思えるんじゃないかな。

止まったら終わりだ

夢工房で学生達がどんなことをやっているか
というのは、あまり具体的に説明してきませんでした。

もちろん中には、口外できない機密度の高いことをやっていたりもしますし
なかなかうまく行かなくて形にならないというのもあります。

当然、学生の活動で、なおかつチャレンジなので
うまく行かないことなんて山ほどあって
むしろ、うまく行かない方が多かったりするのですけど
その中に成長のチャンスが山ほどあるわけです。

やったことが無いこと
答えが無いことに向き合えるのか?

そういう壁にぶつかって
超えることができるのか?

そこがまさに成長のチャンス
というか
人は、それでしか成長なんてできません。

もっとも、そういう経験をチャンスと捉えられるかどうか
そこがカギですが。

そんな経験を在学中にどれだけできるかが問題なのです。
「どれだけできるか」というのは
「何回できるか」
と言っても良いと思います。

よーく考えて
失敗しないように一発で決める

実はそれは最悪です。

そういうのが得意な人
というか、得意かどうか知りませんが
そうしたい人は山ほどいるでしょう。

その中で優位性を獲得できるのですか?
というのもあるし

そもそも、それでうまくやれるなら
何でキミは最優秀校にいないのさ?
ってな話です。

そのやり方は
戦略的に最悪なのです。

そのやり方では
数をこなせません。

経験の数の優位性というのは
絶対的なものがあります。

数を重ねて、ある一線を越えると
感覚というか嗅覚というか
直感で理解できる領域に突入します。

これは、生真面目に足を止めて
ずーっと考えることでは得られないことです。
理屈で説明できませんから
教えることもできません。

理屈で説明できたとしても
納得できなかったりします。

それは圧倒的な優位性です。

彼らは、たった4年しかチャレンジできません。
それは
人生のベクトルの根っこの角度を確定する
分かりやすく言えば
ロケットの発射台の角度を決める
重要な期間なのです。

低い確度で打ち上げても
後で急上昇すればいい?

できるもんならやってみろ。
そもそも、そういうのを先送りにした時点で
決して、やりはしない。
今やらないことは、大抵はできない。

日々チャレンジしていれば
どうしようもない失敗をすることもあります。

けど、その度に俯いて足を止めている場合ではないのです。

止まったら終わりなのです。
サメとかマグロみたいなもんです。