もの…つくろうよ!

夢工房のメンバーは問題無いのですが
一般論として
というお話しです。

ものを作ることに対する興味があれば
やるに決まってる

のですが!

ものづくりができなくなってきてるのは
いわゆるお勉強ばかりやってきて
面白さを知る機会が無くて
結果として興味がなくなっちゃってるのではないか?
と思ってます。

そして、その結果として
ものを想像する能力が低下しているのではないかと。

そんなことになってたら
そりゃぁパッション無いですよね。

だって、パッションって
想像力の結果である「夢」と現実のギャップを埋めたい
というパワーですから。

本当に苦労しながらでも面白いことをやったことが無いから
夢中になる経験が少ないわけで

創造力が無くてパッションが無ければ
お勉強くらいできないとヤバイ
ってことになるでしょう。
そして、要求を満たすことに終始する。

もしそうなってるなら理解できる。

で、理解できたならどうすんの?
ということですね。

心の問題はほとんどが無意識

さんざん「心の問題だ」
なんてことをネタにしてきましたが

むしろ重要なのは意識よりも無意識かもしれない

かもしれないではない!
間違いない
重要なのは無意識。

我々の行動のほとんどを支配しているのは
無意識だから。

どうやって無意識を形作っていくか?
やはり習慣しかないと思う。
つまり日頃の心掛けと行動。

そのためには理想が必要
これが動機となるから。

では、高い理想を持つためにはどうしたら良いか?
これまた問題。

そのためのきっかけが必要でしょう。

となると
やはり環境ということになるのかな。
環境から気付きを得るだろうから。

では、誰が環境を作るのか?

それは気付いた人がやるしかない。

これ、自分のためではないです。
今まで利己的にやってきた人間が
そんなことをするのは勇気が要りますよ。

でもたぶん、頑張っていれば
回りまわって自分に何か返ってくるかもしれないけど
それは求めるものではないですね。
そんな欲を出しながら
うまくやれるほど器用ではない。

それができるか?
どれだけできるか?

やっぱり夢工房、頑張るしかないな。
頑張って続けるしかない。

どうするかは、やりながら考えよう。

争ってばかりじゃダメか?

そりゃまぁ、戦争はダメですけど
今回はちょっと違うお話しです。
いや、ひょっとしたらあまり違わないかも。

私なんかの世代は例えば
「レースで勝つ!」
なんてことをゴールにセットすれば
無条件で燃える動機になったものですが
どうもこれからは違うのではないかな
という気がしています。

今考えてみたら
そういう単純な動機って
結構底が浅いというか
「で、その後どうすんの?」
と言いたくなるような感じですよね。

でも、これからのご時世は
「その後」「その先」が大事なのではないかと
そんな気がしているのです。

「カネが欲しい!」
「で、その後どうすんの?」
みたいな感じ。

これが競争社会の終わりってヤツでしょうか。

かつてはゴールとしてセットできたものが
今では単なる手段と化している。

いや、そうじゃないな。
実は「かつてのゴール」はやはり手段で
それによって手に入る感情が欲しかったのでしょうね。

良く考えてみたら
私なんかの世代が欲していた感情って
小さな自己満足に過ぎなかったのかもしれません。

個と個の相対関係での優位性で得られる優越感とか
そんなものが欲しいものだったのかもしれません。
だから個人単位での争いが動機になったのかも。

戦後の復興とか、それに続くバブル経済なんかが背景にあったら
そうなるのかもしれません。

今はその先に行こうとしているのでしょうか。

自分だけの満足では小さすぎて
もう動機にならないとか?

だとしたら今まで続いてきた争いの世代は
終わろうとしているのかもしれませんね。

では、その先はどうしたら良いのでしょう。

それを模索していくのがこれからの時代で
新しい価値観が生まれるのかもしれません。

これは引き続き考えていくことにしましょう。