謙虚であるということ

先日、トイレに入る瞬間にふと思いました…いや、トイレはどうでも良いですのけどね。

成長する上で謙虚さは大事だと言われます。
それはなぜか

単に、威張っておらず腰が低いとか、人当たりが良いとか、そういったことではありません。
まぁ、そういうのも大事なのでしょうけど。

謙虚であるということは
「自分はまだまだである」
ということだ。
これだな、と。

では、何に対して「まだまだ」なのか?

それは、ゴールをセットして、そこに至る道のりを考えた上で「まだまだである」ということ。

つまり、自分が成長すべき目標に対して、そこに向かうべく努力しているのだけど、まだ到達していないという、到達点の高さと諦めていない現状。もちろん現在進行形。
これが謙虚さだな。
なんて思ったのですよ。

だってね、ゴールが極端に低いとか最低限であるとか、そもそもゴール設定できていない状態で、そこに向かう意思すら存在していなければ、それは「まだまだ」じゃなくて「ダメダメ」でしょう。

もちろんゴールの設定は、自身の価値観に基づいて行うことなので、他人にとやかく言われるものではないと思いますけどね。

あと、自信が大事でしょうね。
これは、自分を信じるということなので、「自分はまだまだであるけど、きっと何とかなるはずだ」ということです。

とかなんとか書いていると、あぁ、だから信仰を持っている人は強いのか。なんて思ったりもするのです。

バカになれるかい?

たまに聞くことありませんか?
「バカになれ」
とか。

これね、意外と深いですよ。
「バカ」ってどういうことなのか?というところがポイントなのですけどね。

「バカになれ」という字面を見て浅く捉えるなら、いわゆる馬鹿げたことができるか?面白いことをして周囲を楽しませることができるか?みたいな感じに捉えられるでしょう。
そういうのも大事ですけどね。

戦略的な捉え方もできます。
本当に大事なもののために、優先順位の低いものを切り捨てるという捉え方です。

人の力には限界があるので、色んなものに労力をかけたら、それぞれのレベルは上げられません。
本当に優秀な人は、そういうことができちゃうのかもしれませんが。

でも、誰しも一点突破で力を集中したら、結構なことができるはずなのですよ。
トレードオフが発生して、本当に重要なことを掴める可能性が高くなります。

学校や家庭で「あれもこれもできるように」と教育されているので、あれもこれもやらなければいけないと思い込んでしまいます。

それに、基本的に人は何かを手放すのは怖い。
特に多くの人が「普通に大事にしていること」を手放したりするのは勇気が要ることで、普通の人からそれを見たらバカみたいに見えるかもしれません。
やらないことを決めるのも戦略上大事なことです。

それができるなら、大きな強みになると思いませんか?

大抵の人はそれができないのですよ。
だからこそ「普通」なのですけどね。

そして、その普通の状態から脱するのは勇気が要ることです。

「普通」をキープしたまま「何か特別なことはできないかな」「特別なことをするにはどうしたらいいのかな」なんて思ったりしがちなのですけど、それは普通じゃない「バカ」から見たらバカなことなのかもしれません。

ダライラマの言葉

何を思ったか、ダライラマ法王14世の著書を読んでいます。
正確には、ジャーナリストの池上彰氏との共著ですが。

「これからの日本、経済よりも大切なこと」

というタイトルです。

約10年前に書かれた本ですが、タイトルからして今の日本に必要そうじゃありませんか?
もちろん大事なことが書いてありますが、特に難しい内容ではなく、文字も大きく読みやすいです。
恐らく1日で読み終わっちゃうと思いますので、興味がある方はぜひ読んでみてください。

で、この本の冒頭にあるダライラマ法王の言葉があまりに印象的だったので紹介させてもらいます。

一私たちの世代の矛盾一

大きな家に住めるようになったのに、家族は減ってしまった。
便利にはなったけれど、時間に追われている。
立派な学位を持てても、分別を失い、
知識は増えても、判断力は鈍ってしまった。
専門家と呼ばれる人は多くても、問題は増え続け
薬はたくさんできたのに、不健康になっている。

月に行くことができるようになっても、
通りを渡って新しい隣人に挨拶することには苦労している。

情報を集積するコンピュータを大量に生産し、
製品を沢山作ることはできても、コミュニケーションはうまくとれない。
大量の商品を作ることができても、品質は下がる一方だ。

ファーストフードで時間を節約しても、消化する力は衰え、
立派な身体であっても、心は貧しい。
急激な利益を得ても、うわべだけの人間関係になってしまった。

外から見ると豊かであっても、中身は空っぽ。
そんな時代である。

ダライ・ラマ法王14世

どうですか?
なるほど、その通り…と思いませんか?
どうやら我々は大事なことを忘れてしまっていそうです。

これからどうしたら良いのか、それを考える際には、現状を評価する必要がありますが、なかなかそういった機会は無いものです。

いつも通りの環境で、いつも通りの価値観に囲まれていたら、現状評価なんてできません。
視座や価値観が異なる人からの評価はとても参考になりますね。