
無難に賢くやろう
なんてのは、無難どころか大抵うまくいかない。
これは自分の過去の経験を振り返っても、学生達を見ていても思うこと。
無難に賢く
なんて思っている時、その対象をどうしたいと思っていますか?
ものを作ることを想像すると良いかもしれません。
そういう時は、「要求レベルに達すればいいんでしょ」と考えて、今知っていること、今できることで最低限にやろうとします。
そうやって作ったものは、面白いものでは無い。
だって最低限なのだから当然。
さらに、往々にして狙ったレベルよりも低いところに到達してしまうものです。
何でそんなことになってしまうのか?
理由は凄く簡単。
無難に賢く
と決めた理由は何のためでしょう?
自分のためです。
さらに楽をするため。もちろん自分が。
そんなもの、他人が見て面白いわけはないのです。
他人からは価値が無い。
そんなの当たり前です。
でも、学校でそういったことを考えて、気付くチャンスはほとんどありません。
価値とは何か、それはどうやって形づくるのか
それを知らなければ、「仕事とは何か」という本質的な部分を理解できないまま社会に出るしかありません。
そういったことに気付いて、トレーニングできると良いのですが、そういったことって知識だけの話では無いので、授業には向いていないのでしょうね。
チャレンジとか、それを支えるモチベーションとか、そんなの知識として伝えて、テストで評価できるようなものでは無いですから。
価値は金額ではありません。
価値を形づくるのは、知識やスキルだけではありません。
それらの上流にあるものです。
道徳と価値の創造は似ている
と言ってもいいのかもしれない。
技術は人なり
そういうことです。