バイクのタイヤの話 トレッド面の形状

最北端、最南端、最西端に1日以内に行く…なんてことをしてきたタイヤです。
タイヤの中央が平坦に摩耗しているのが分かるでしょうか。

タイヤの地面に接する部分をトレッドと言います
本来はラウンドプロファイルといって綺麗に丸くなっているのですが…

こうなると、非常に乗りにくくなります。
特に低速の直進時。

真ん中が平らになっているのだから
直進時の安定性は増すのでは?

いえいえ、そんなことはないのです。
バイクって、真っ直ぐ走っているようでも
微少にフラフラ傾きながらバランスをとっているのです。

タイヤの中央部が平坦になると
スムーズにフラフラできなくなっちゃうので
バランスが取れなくなって不安定になってしまいます。

それはもう、突然下手くそになってしまったような錯覚をするくらい
うまく走れなくなります。

関連した話で、ちょっと脱線してみましょう。

速度の最高記録の競技があります。
映画「世界最速のインディアン」のネタ元になっていたイベントです。

ちなみに、主演のアンソニー・ホプキンスが演じたのは
ニュージーランド人のバート・マンローという
実在した伝説的なライダーです。
伝記も出版されていますので
興味がある人は、ぜひ読んでみて下さい。
ハチャメチャな人生ですが
後悔なく面白く生きるためのヒントが得られるかもしれません。

ニュージーランドといえば
伝説的なバイクエンジニアの
ジョン・ブリッテンも輩出していますね。
意外にも、モータースポーツには大変理解がある国の一つなのです。

世界的に見ると速度記録の大会を定期的に開催しているのは
アメリカ ユタ州のボンネビルソルトフラッツと
オーストラリア サウスオーストラリア州のゲアドナー湖
この2カ所だけだと思います。

ちなみに両方とも大会開催時は乾塩湖です。
雨期には湖なのですが、乾期には真っ平らな塩の大地に変わるのです。
浅い湖が干上がる時って、真っ平らになるのですね。
なので、速度記録にはうってつけなのです。

ちなみに、昔々は砂浜でやることが多かったようです。

さて、高い速度域になると色々な問題が出てきますが
その問題を次々にやっつけながら記録を伸ばすことになります。

空気抵抗などは分かりやすいところですね。
ボディの形状を工夫して空気抵抗を低減したり
その抵抗に負けないように馬力を向上したりして
記録を伸ばしていくのですが
どんどん速度を上げていくと
最終的に問題になってくるのはタイヤです。

タイヤは自分達で作るわけにはいかないので購入する必要がありますが
設計上の最高速度が決まっています。
二輪のロードレース用で
速度域が最も高いものでも時速300km後半です。
もし、それより速い速度で走行すると何が起きるか?

最高速度域では、凄まじい速度でタイヤが回転しますが
その回転による遠心力でタイヤの表面のゴムが剥がれてしまうのです。
トレッド剥離というヤツです。
そうなるとまともに走れません。
非常に危険です。

なので、使用するタイヤで最高速度が決まってきます。

もし、それより速い速度で走行したいと思ったら手は無いのか?

あります。
ロードレース用のタイヤではなく
速度競技専用のタイヤを使用するのです。
これなら時速500kmを少々超えるくらいまで対応します。

しかし、このタイヤ
接地面の形状がに問題があります。

何せ四輪車の競技用なので
幅と直径がバイクに使えるサイズでも、接地面が平らなのです。

なので、一般的なバイク用タイヤを履いた時のようにフラフラできないのです。
結果、このタイヤをそのままバイクに履かせると
発進時の低速で直進している状態で転倒してしまったりします。

人によっては、タイヤの接地面を削ってしまって
ラウンドプロファイルのような形にしてしまう人もいるようですけど
そもそも、このタイヤを使っている人は非常に稀です。

でも、フラフラしないとバランスが取れないなんて面白いですよね。
まるで人生のようではないですか。

真っ直ぐにパワーでゴリゴリいこうとしても
大抵はうまくいきません。
困難に遭遇して、ポッキリいってしまったりして。

やはり柔軟性
しなやかさが大事だったりしますものね。

それはそうとタイヤ換えよう。

アクションかリアクションか

能動的に自分から仕掛けていくアクション

それに対して、受動的なリアクション

さて、あなたはどちら?

まぁ、学生の大半はリアクションです。
どういうシーンで?
というのもありますが。

だって、学校の授業は100%リアクション
それを小学校から大学まで続けているのだから
そりゃ受動的にもなりますよ。

そもそも、自分から仕掛けていく機会なんて無いですものね。

なので、ある程度は仕方ないとして

では、あなたはどうしたいの?

というのが大事なところ。

面倒が起きて欲しくなくて
安心・安全が第一ならば
リアクションがいい
…と思いますか?

認識できる情報から
できるだけリスクの少ないものをチョイスすればいい。

でも、果たしてそれが本当にリスク・フリーなのかというと
長期的に見ると決してそんなことは無くて
結果的には将来に大きなリスクを抱えることになる。

目の前のリスクを回避しているつもりが
そのツケは蓄積していって
いずれそれは手に負えないモンスターに成長して
最悪の状況で襲いかかってくる
私はそう思ってます。

受け身でチャンスを待つ
なんて虫のいいことを考えてはいけません。

考えてもいいけど
恐らくチャンスは見えないし
チャンスのようなものがやってきても
それが果たして自分にとって
本当にチャンスなのか、リスクは無いのか
なんて考えているうちに
それは過ぎ去ってしまいます。

でも恐らく
短期的なリスク回避という目的は
達することができるでしょう。

では、アクションが中心の場合は?

ご想像通り、能動的に動くと色々やらかします。
当然ながら、未経験の領域に、事物に、次々に遭遇しますので
それは当たり前。

一見、とても非効率に見えたりしますし
実際、傷付いたり、恥をかいたり、何かを失う
といったことも多いでしょう。

でも、そうするからこそ得られるものがあったり
そんな中での貴重な出会いがあったり
そうしないと見えないこと、分からないことがあったりします。

かといって、何でもかんでも能動的にやる
というのも不可能です。

我々の手の上に乗るものは限られています。

なので、自分の譲れないものを決めて
一点突破でもいいと思うのです。

別にどちらが良いとか悪いとか
そういう話ではありません。

ただこれは、自分で決められることであって
人に決めてもらうものではない
もし、何となくそうなってしまっているのなら
それは大変もったいないことです。

何を選ぶにせよ
自分で決めてやってみるからこそ面白いのだと思います。

夢工房の「恩送り」

やることなすことなんでもかんでも全力で
というのはさすがに無理ですが

自分が「やるべきことだ」
と思ったことに対しては全力でやって欲しいものです。

では、どこまでやるのか?

例えば
夢工房でレーシングカーを作っているような連中はどうすべきなのか

こういう活動をしている時に
真っ先に問題になってくるのは
資金面ではないでしょうか。
クルマを作ってレースをするのですから
お金がかかります。

夢工房の活動は
大学からの支援や研究室の研究費などを活用していますが
それだけでは海外遠征は不可能です。
ひょっとしたら
マシンを作ることすらままならないかもしれません。

現状の手持ちのリソースだけでは
海外大会に出たいという
彼らの夢は叶わないので
「じゃ、できる範囲で…」
ということにすると
この活動は、途端にチャレンジではなくなってきます。

できる範囲でやることを
チャレンジとは言いません。

未来をつくっていく人間は
チャレンジャーでなければいけません。

チャレンジしなければ
現状維持しているつもりでも
徐々に降下していきます。

そこで彼らはスポンサーを探して
協力をお願いしています。

自分の財布で何とかできないのに無責任?

そういう考え方もあるかもしれませんが
スポンサーから支援して頂くということは
相応の責任が伴うので
簡単に諦められないということです。

「やる」
と約束して支援してもらっているので
やらなければ約束を破ることになります。
だから、何が何でもやらなければならない。
(という状況で、このコロナ禍は正直キツいです)

これは、授業で「単位を落とすからやらなければ」
なんていう状況とは比べようがありません。
パーソナルな問題ではないので
責任の大きさも次元も違いすぎます。

授業やら何やらというのは
パーソナルな問題なので、最低限でもいいのです。
文句を言うのは親と先生くらいです。
(注:かといって、卒業できないなどは論外です。
早く世のお役に立つ必要があるのですから)

でも、こういったやりかたで活動をしていると
最低限では誰も力を貸してくれません。
最大限やるところに価値があって
そこに責任が伴うのですから
好きなことを全力でやることになるわけです。

では、スポンサーをはじめとした
支援者には何をお返しできるのか。

良い成績を上げて喜んでもらえたら最高です。
しかし、直接的にお返しできるものは何も無いかもしれません。

しかし、支援してもらった彼らの持つ責任が消えるわけではありません。
彼らは卒業後、その恩に報いるべく
良い仕事をして世の中を回していく使命を持っているのです。

というか、こんなことを毎日全力でやっていれば
そりゃぁ仕事ができるようにもなってしまいます。

受けた恩は返すのではなく
将来活躍することによって
世のために、次世代のためにと送っていく。
こういうのを「恩送り」というのですね。