なぜ縄文か?

なぜ縄文の遺物を見に行くのか?

別に昔から考古ファンだったわけではありません。
ものづくりを昔へ辿っていったらたどり着いただけです。

我々のものづくりの根源には何があるのかを知りたかったのです。
ルーツを探れば、今後我々が活かすべき特異性が見えてくるのではなかろうか、と。

石器時代だと、作り手の意思が伝わらなさすぎるので、その次の縄文を見てやろうと思ったのですが…

「縄文」といえば、縄をコロコロ転がして模様を付けた土器でしょ?
と当初は思っていたのですが、そんなに単純なものではありませんでした。

甘かった。
そんなに簡単に理解できるシロモノではありません。
我々の先人が作ったのに、何が言いたかったのか、さっぱり分かりません。

何か言いたかったわけでなかったにしても、これは普通ではありません。

ただ、凄いってのは伝わります。
凄すぎる。
こんなの作れない。

この細かい模様は爪で付けたようです。

多くに共通するモチーフは、グルグルの渦巻き模様。
これは縄文の女神の頭部。
渦巻き模様は、各地の土器に共通するモチーフだと思いますが、それはなぜ?
それに、そもそも自然界で渦巻きを目にすることは、ほとんど無い気がするのです。

あまりにも繊細だったりもします。

この躍動感は一体何なのでしょう?
実用性があるようには見えません。

かと思えば、異常に滑らかで、精緻なものがあったり。
これは急須状の土器ですが、口の部分の真円度は大したものです。

写実的という概念が無かったのか?

そうでもないのか?

ともかく、見れば見るほど謎は深まるばかりです。

文明が発達したところで基本は同じ

ウクライナとロシアの紛争
というより戦争ですが
多くの情報が得られるので
当然色々考えるわけで

文明が発達したところで
争いは無くならないのだなぁ
なんて日々実感しているのです。

今日はそんなお話しです。

争いが無いのが理想なのであれば
大変参考になりそうな文明があるのを知っていますか?
皆さん知っているはずです。

その名は
縄文時代

遺跡を発掘すると人骨があったりするのですが
ほとんど争った形跡が無いのだそうです。
骨に鏃(やじり)が刺さった痕があるとか無いとか
そういうのを見ると分かるのですね。

そして、それが約1万年以上続いたのです。
驚きの長さです。

狩猟や採集が食生活を支えていて
集落で集団生活をしていたけど
この頃は大規模な農耕はありませんでした。

小さな集団が孤立して生きていたかというと
どうやらそんなことはなくて
多くの遺跡からは遠方の産物が発掘されていて
全国的に広範囲な交易があったことが確認されています。

争いは無いし
意外と色んなものを食べていて
食生活は豊かだったのではないかと見られていますし
土器や土偶を見ても
かなり頑張っているというか
クリエイティブというか
結構レベルが高いのです。

でも良いことばかりではありません。

当然ながら
小さな集団の単位で生活しているので
あまり余裕はなかったでしょう。

その証拠に
後の時代に比べると人口は少ないのです。

この時代の余裕は何かというと
主に食料ですね。

食料の余裕は人口に直結します。
食べないと生きられないので当然です。
特に出生率とか乳幼児の生存に効いてきます。

その後の弥生時代になると
大規模な水田が発掘されることから分かるように
米を作るようになって余裕が生まれます。
人口は爆発的に増加します。
食糧不足による命の心配もせずに済みます。

なんで米で余裕ができるかというと
備蓄が効くからです。
それがある間は飢える心配をする必要がなくて
食料以外のことに労力を割くこともできます。

水田には
広い土地と大量の水が必要なので
争いも起きるでしょう。
何せ食料が増えて人口が増えて
それを維持するために
もっとリソースが必要になって
争うだけの余裕もあるわけですから。

この争いは
「彼ら」と「我ら」の戦いです。
自分の部族ために
他の部族を屈服させて利を得るわけです。

戦わなければ自分達の存続が危ういということもあったでしょうが
「(自分達が)もっと欲しい」から戦ったこともあったでしょう。

人口が増えれば
より大きなものが必要になったり
大きなものを守る必要が生じて
戦いの規模も大きくなるでしょう。

そんなことを考えていると
いくら文明が発達したところで
いや、発達するからこそ
争いが起きるのだよな

とか

人の欲は恐ろしいな
なんて思ったりするのです。

余裕が無くても余裕があっても
問題は無くならないのですね。

時代が変わると
価値の重心点が動いて
得るものと失うものが変わるだけで
結局は何かしらのトレードオフをしているに過ぎない
そんな感じでしょうか。

こんなことを繰り返すだけでなく
いずれは変革の時が来るのでしょうか。
来るかもしれませんね。