同じじゃない方が良いのですよ

「できない」と思っちゃうと
劣等感に苛まれて自己を肯定できません。

そうなっちゃうと
色んなことがうまくいかなくなったりします。
そもそもやる気が起きないでしょう。

それが避けられないものであれば
頑張って何とかする必要があります。

多数の正統派は頑張って何とかしようとします。

それでもどうにもうまく行くと思えない。
そんなこともあります。

で、ここからが大事なところ。

じゃどうするの?

まずこの情況を変える必要があります。

その情況とは
「できない自分」ではなく
できないことにフォーカスしちゃっている現状です。
そしてそれを「正攻法で何とかしなければならない」という思い込みです。

私なんかは大して勉強ができなかったクチなので
うまくいかないことがあると、すぐに
別の方法は無いかな
なんて考えを巡らせちゃうタイプなんですよね。

別にね、皆と同じように同じことをやらなくても良いと思うんですよ。

できちゃう人とか
そういうのが性に合ってる人はいいですけどね。

我々は、人と違ったことをすると
怒られたり心配されたり
そんな環境で成長していきますけど

人と同じことをやって評価されるのって
学生のうちだけですから。

社会に出て
こと、ものをつくることを仕事にした場合
ヨソと同じことをやったら

「なんだ、同じことしかできねぇのか」

って言われるわけですよ。
他社と同じ製品を作って価値が認められることなんて無いですから。

もちろん知識とかスキルは大事なんですけど
(これ何度も言ってますけど)
うまくいくかどうか分からないけどやっちゃう
とか
皆はやってないけどやっちゃう
とか
そういう勇気があれば
別に皆と同じじゃなくても全く問題無いと思います。

むしろ同じじゃなければ、それは
アイデア
と呼ばれます。
価値の源泉です。

とはいえ
そういうアクションができる動機が必要なわけで

それにはやはり
好きなことにのめり込めないと難しい気がします。
どれだけのめり込めるかが勝負で
それは才能と言っても良い気がします。

しかしですよ
我々はよく言われたりしました

「好きなことばっかりやってないで…」

まぁ、言う人の気持ちも分かるのですけどね。

でも、往々にして世間一般と逆のことの中に
何かしらチャンスがあったりもするものです。

さて、どうしますか?

大学生なら18才以上なわけで大人です。

自分のことは自分で決めていいのですよ。
これを「自由」というのです。

本当の面白さは、その中にあります。

迷ったときには

これから人生を構築していく若者にとって
経験者の持つセオリーは
一見もっともなのですが
実は何の保証も無いことです。
偉そうなことを語っているこのブログもしかりですが。

そういうのを鵜呑みにしたところで
誰も責任を取ってくれないわけですが
参考にはなるでしょう。

さて
皆さん、何か目標を持って日々頑張っていることかと思いますが
その結果、「どうなりたいか」とか「どうしたいか」とか
考えていることと思います。

短期的なものとか長期的なものとか
具体性があったり無かったりするでしょうけど。

明確な目標があれば
それに越したことはないかもしれませんが
無い場合もあるでしょう。

そんなときには二択で行きましょう。

  • 普通で良いのか
  • 普通じゃ嫌か

もちろん仕事の内容にもよるかもしれませんが
最初にこれを決めておけば
仕事をしていて次々に現れる課題に対して
どんな方向で対処すれば良いかが決められます。

  • 普通で良いなら、皆がやるように対処すればいいでしょう
  • 普通が嫌なら、勇気とか労力、手間が必要なやり方を取りましょう

これ、簡単なことで

  • 普通にやったら、最大限うまくいっても普通の結果しか出ない
  • 普通じゃないやり方でやったら、普通じゃない結果が出る

そういうことです。

当たり前なのですが
実は意外と意識されていないことだと思います。
どうですか?そんなことありませんか?

既存の価値観に乗っかって頑張ったところで
生じる優位性は無いわけで

普通じゃないやり方は大変かもしれませんが
当然ながら普通じゃない成果が得られます。

もちろん普通じゃないやり方をしていると
「本当にこれで良いのだろうか?」
と不安になることもあるでしょうし
うまくいかないこともあるし
時として、そのやり方ではどうしようもなくて
方向転換が必要なこともあるでしょう。

でも、その過程で得られることは意外と大きくて
後に必ず活かすことができます。
特にピンチに陥ったときに。

普通の選択肢を取り続けていると
いざイレギュラーなことが発生したり
特別なことをやろうと思ったときに
ネタが無くて、手も足も出ません。
これまた当然のことです。

キャリアデザインっておいしいの?

よく「キャリアデザイン」などと言うじゃないですか。
意識してキャリアを磨くことなどしたことがない自分としては

何だ、そりゃ?
そもそもそれは、自力でデザインできるものなのか?
一体何が欲しいのだろうか?

と思ってしまうのです。

恐らくキャリアデザインって
色んなスキルを手に入れることでしょう?
つまり、「道具を手に入れる」みたいなもので
「何のために?」
という視点が欠落している気がするのだけど
どうなのだろうか。

「資格持ってた方が将来有利だよね!」
のような資格ビジネスに乗っかっちゃってる人と同じように見えるのだけど。
いくら良い道具を持っていても
良いものができるわけではないですから。

でなければ
恐らくこの場合の「何のため」は
収入による自分の将来の安定とか、老後の心配とか
そういうことなんじゃないだろうかと思うのですが。

まぁ、そういうことを考えても良いとは思うのですが
とすると結局、利己的なゴールを定めちゃっている
ということになるのではなかろうか。
それはあまり面白くなさそうだし
それによって喜んでくれる人はいないだろうから
結局は価値の創造が最低限になっちゃったりするのではないだろうかと思うのです。
(便利な道具のような人にはなるかもしれないけど)

頑張ってキャリアを積み上げている人が
裕福でも偉くもなくい人間に
こんなこと言われたら腹が立つかもしれないけど
そんなふうに思います。

色々やってきて思うのは

「何のために」が明確化されていれば
手元の小さいことを目的化するのではなく
目的に向かう大きな流れに身を任せたり
時として流れを作ったりして
手元のもの(スキルとか)は
その流れに任せるてやるべき事をやっていれば必然的に手に入る
といった感じで良いのではないだろうか
と。
それが実践的なスキルってやつではなかろうか
と。

そんな流れの中から求められることに応じる
というのは、実はとても価値があることではないかと思います。
単に「言われたことをやる」ではないですから。

学校ではHow toを教えるところだから
「どうやって」(手段)に目が行きがちだけど
大事なのは「何のため」(目的)ですよ。

学歴とかキャリアとか
そういうのに拘るのも分かる気がしなくもないけど
目に見えるもの以外を伸ばすことが重要だと思うのです。
目に見えないものに拘るのは勇気が要るとは思いますが。

正直なところ
キャリアの構築を目指しているような人で
一緒に仕事したいなぁと思うような
魅力的な人がいないもので。