リスクの話 3

リスクを取った経験があまりなければ
その辺の面白さは分からないだろうし
そりゃ海外行たったりしないだろうな
とも思います。

やるからこそ分かることってのはたくさんあって
それには大なり小なりリスクを伴う。

その経験によって自分の未来を作っていく
というか最適化していくのが成長だと思うのだけど

リスクを取れないと
「分かったらやろう」
みたいなことになって
やらないと分からないことは
いつになっても分からないわけで

そのままってわけにはいかないから
失敗しない程度にチマチマやるのだけど
ビビって刻めば刻むほど時間がかかって
結果、できないという結果に終わる。

ドカンとやると
最適値の向こう側に行ってしまうことがよくあって
それは「失敗」と呼ばれるけれど
そこから減じていくイメージで調整可能だし
やると何が起きるかがわかる。

どこまで何をやったらいいのか分からないから

夢工房は、でっかい夢を掴むために
相応のリスクを払うのだけど
その活動のインパクトを簡単に言うとこういうことです。

社会に出てから
「学生の時に何やってた?」
と聞かれて
「レーシングカー作って海外のレースに出てた。
勝ちたかったから毎日大変だったよ」
と言える。

そう言えること自体がステータスになるわけではないのだけど
そんなふうに言える毎日を送ってきたら
どれだけのパフォーマンスを持つか想像してみて下さい。

さらに、彼らにとっては
それが日常であり「普通」なのです。
そのためのリスクを取るとしたら
まんざらでもないでしょう?

リスクの話 2

普段何かをやる上で
意識してリスクを取る
なんてことがあるかもしれないし
ひょっとしたら無いかもしれない。

何のためにどれくらいのリスクを取るかを
考えたりはするとき
取るリスクの大きさの程度とか可否の閾値は
恐らく無意識というか習慣で決まる。

そこに気付く機会は
あまり無いのかもしれないけど
もし気付いてしまって
それを変えたいと思うなら
意識的に新しい習慣を身に付ける必要があるのだけれど
やはり重要なのは環境だろうな
と思うのです。経験上。

場所や組織、周囲の人など
どんな環境に身を置くかはとても重要。

朱に交われば何とやら、ってヤツです。

でも、気を付けなくてはいけないのは
一般的に良いと言われている環境が
自分にとって良いとは限らないということ。

それは、言っている本人の価値観に基いているから。
当然ですが。

あと、環境は
ある程度自分で変えたり作ったりすることもできる。
むしろ既存の環境に迎合するより
その方が価値がある場合も多い。

まぁ、理屈はいくらでも言えるのだけど
結局は、これだと思ったところに突っ込んでいって
頑張ってみれば分かるよ
というか
そうするしか無いよね
ってところですよ。

リスクの話

なぜ日本の若者が海外に行かないのか?
という話があるようですね。

夢工房では
海外遠征に行くことによっても成長を狙っているので
そもそも海外に行きたくない
というメンバーはいないはず。

日本からの留学生はもちろん
海外旅行に行く日本の若者も減っているようです。

さらに、親元を離れて大学に通う学生も減っています。
これは経済的に仕方ない場合もあるのかもしれませんが。

仕事選びにおいては
実家から職場に通えないと嫌で
海外勤務なんかはもってのほか
そんなケースが増えているようです。

ざっくり言ってしまうと
そういうのはリスク回避のためでしょうね。

海外旅行なんかの場合は…

言葉が通じないかもしれないくて、思い通りのことができないかもしれないどころか、嫌な思いもするかもしれない。
お金がかかるので費用面のリスクがあるし、果たして投資した金額に見合う経験や、将来のゲインが得られるのか。
病気になるかもしれないし、事故や事件に遭って怪我をするかもしれない。

とまぁ色々あって、そもそも面倒くさいし、よく分からないことだらけ。
結局「普通でいいじゃん」となってしまう。
というところかな。

普通のことしかしなければ
普通にはなれるだろうけど
そもそも「普通」って何なのだ?
という話は何度もしているので恐縮ですが。

「普通」こそがリスクなのか
「普通」から外れることがリスクなのか

メシのタネの知識は
学校に行けばノーリスクで得られる
なのになぜリスクを冒さなければならないのか
「普通」に学校で学んで「普通」に就職すればいいじゃないか
なんて思うかもしれない。

けれど、知識だけではメシは食えないし
学校に行くのがノーリスクなわけではない。

つづく