自由ですか?

自らに由(よ)る
で「自由」

何も縛りが無いことを自由と言ったりもしますが
その末は、自分で決めるということになります。

なので
自分で決めていなければ
それは自由ではない
ということになるでしょう。

自分が好きなことができていても
自分で決めていなければ
単に与えられたものであれば
それは自由ではない?

そうでしょうね。
それは自由ではないでしょう。

「自由ではない」
というと
不自由で不満がありそうです。

でも、そうでもないのですよ。

不自由にもメリットがあって、それは
「自分で決める必要がない」
ということです。

そのメリットを継続的に享受しようと思ったら
依存し続ける必要があります。
もちろん、依存に伴うデメリットも発生しますが
それを受け入れ続ける限り
自分で決める必要がない
というメリットを享受できます。
とはいえ、ものごとには必ずいずれは終わりが来るものですが。

依存される方も、それが単純に負荷となるかというと
そうでもなかったりします。

依存されるということは
存在意義や価値を感じられるからです。

自由は面倒で難しいものです。
自分で決めなければならないから。

でも、面倒で難しいからこそ
それに伴うメリットがあるわけで

自由と不自由それぞれの
メリットとデメリットを比較して
どちらを選ぶかを決めることになるのですね。

しかもその多くは
無意識で実行されていたりもします。
むしろその方が多いでしょう。

そんなことを心に留めておくだけで
何かが変わるかもしれません。

ピラミッドの話

初めてエジプトのピラミッドを見た時
どう思ったと思います?
エジプト最大のクフ王のピラミッドです。

思ってたより大きくないなぁ
です。

実際は大きいですよ。
でも、見る前の期待に対して
ということです。

期待値が大きすぎたのです。きっと。

クフ王のピラミッドの存在が近代文明に認識された当時
世界で最も高い人口の構造物だったそうです。
そして、作り方に関しては
現在も決定的な説は無いなど、とても興味深いです。

技法としての作り方は良く分からないけど
分かっていることがあります。

それは…

最終形態を決定してから作り始めたのは間違いない
ということです。
当たり前ですが。

頂上には大きな四角錐のキャップストーンが乗っていたのですが
(今はありません)
その位置と形状はすでに決まっていて
そのために最下段から作っていったのは間違いないでしょう。
要は、キャップストーンはゴールです。

世界最古の木造建築群である
法隆寺も同様でしょう。

法隆寺の五重塔は
1,300年を経た今も立ち続けています。
もちろん何度もメンテナンスはしていますが
基本的には昔のままです。

ゴールとしての最終形態ありきで
土台から作っていくのは、いずれも同様でしょう。

さて、今回は何が言いたいのか?

何で社会に出る前に
ゴールやビジョンを実現する経験をしないんだい?
ということなんですよ。

技術だって学問だって
そのためにあるのに。

どうなっちゃうか分からないけど
まずは土台から作ってみるか
なんてことはあり得ないですよね。

できるかどうか分からないけど
ビジョンを実現するために頑張ってみて
何が大事か体験しないと
その先の学びだって、どうしたら良いかなんて判断つきませんよ。

「どうせ社会に出たらやることになるから…」
じゃ遅すぎます。

だって、ビジョンのためにやる
という経験が無くて
言われたことをやる
が習慣になっているのですよ。

年齢を重ねてから
急に路線変更なんてできませんよ。

もちろん、そんなんじゃ面白いことになりません。

若いうちはデカイ事なんてできない
なんてことはありません。

三内丸山遺跡の大型掘立柱建物を知ってますか?
直径1mm長さ14m以上のクリの丸太を6本立てた構造です。

当然ながらこの頃は、クレーンなどの機械も、運搬のための車輪も
木を切るための金属製のノコギリすらありません。

縄文時代の平均寿命は30才くらいです。
なのでこれは、凄く若い連中が頑張ったに違いないのです。

歴史を振り返れば
世界中、きっとそんなことばかりです。

なので、今はできないなんてことはあり得ません。
今だってできるはず。

ちなみに、三内丸山遺跡は二度ほど行きました。
ぜひ足を運んで、現物を前に当時を想像してみて下さい。
「オレにもできるかも」
って思えるんじゃないかな。

止まったら終わりだ

夢工房で学生達がどんなことをやっているか
というのは、あまり具体的に説明してきませんでした。

もちろん中には、口外できない機密度の高いことをやっていたりもしますし
なかなかうまく行かなくて形にならないというのもあります。

当然、学生の活動で、なおかつチャレンジなので
うまく行かないことなんて山ほどあって
むしろ、うまく行かない方が多かったりするのですけど
その中に成長のチャンスが山ほどあるわけです。

やったことが無いこと
答えが無いことに向き合えるのか?

そういう壁にぶつかって
超えることができるのか?

そこがまさに成長のチャンス
というか
人は、それでしか成長なんてできません。

もっとも、そういう経験をチャンスと捉えられるかどうか
そこがカギですが。

そんな経験を在学中にどれだけできるかが問題なのです。
「どれだけできるか」というのは
「何回できるか」
と言っても良いと思います。

よーく考えて
失敗しないように一発で決める

実はそれは最悪です。

そういうのが得意な人
というか、得意かどうか知りませんが
そうしたい人は山ほどいるでしょう。

その中で優位性を獲得できるのですか?
というのもあるし

そもそも、それでうまくやれるなら
何でキミは最優秀校にいないのさ?
ってな話です。

そのやり方は
戦略的に最悪なのです。

そのやり方では
数をこなせません。

経験の数の優位性というのは
絶対的なものがあります。

数を重ねて、ある一線を越えると
感覚というか嗅覚というか
直感で理解できる領域に突入します。

これは、生真面目に足を止めて
ずーっと考えることでは得られないことです。
理屈で説明できませんから
教えることもできません。

理屈で説明できたとしても
納得できなかったりします。

それは圧倒的な優位性です。

彼らは、たった4年しかチャレンジできません。
それは
人生のベクトルの根っこの角度を確定する
分かりやすく言えば
ロケットの発射台の角度を決める
重要な期間なのです。

低い確度で打ち上げても
後で急上昇すればいい?

できるもんならやってみろ。
そもそも、そういうのを先送りにした時点で
決して、やりはしない。
今やらないことは、大抵はできない。

日々チャレンジしていれば
どうしようもない失敗をすることもあります。

けど、その度に俯いて足を止めている場合ではないのです。

止まったら終わりなのです。
サメとかマグロみたいなもんです。