小さくても意志と行動があれば

価値観の多様化とはいうものの
その数が少なくて孤立していれば
「分断」と呼ぶべきなのかな。

ジェネレーションギャップなんてのも、そういうものだろうか。

孤立した価値観を持つ相互に対立要素があったり
相互の意思の疎通が無かったりすれば
それはまさに「分断」って感じになるのでしょうね。

問題は、皆がバラバラだと
集団の力を発揮できないこと。

もっとも
集団になっていたとしても
意志の統一と行動ができていなければ
大して力は発揮できませんが。

いや、ネガティブ側の力は大きかったりするな。
その場合はバラバラでも発揮できる力は大きいですね。

まあともかく

夢工房でやっていることは
世から見れば孤立しているようなものかもしれないけど
その小さな集団で力を合わせれば
かなりのことができるわけで

その結果が多少なりとも周囲に良い影響を与えられて
ほんのちょっぴりずつでも
世の中が変わってくれたらいいな
と思うのです。

「夢は叶うんだ!」
ってね。

勇気の先にあるもの

初盆は、実家で待機していて
お客さんが焼香に来てくれて、出迎える
という日々を過ごしています。

お客さんは、親戚をはじめ
色々な人が来るわけです。
それはもう、年齢も職業も。

で、昔話やら近況やら
仕事の話やらをするわけです。

そんなふうに、何気ない話をしながら
何の脈絡もなく、なぜか改めて思ったのは…

リスクを取ると相応のものが得られる

その経験があればリスクを取りに行くけど
経験が無ければ先にあるものは見えないわけで
その人にとっては単なるリスクにしか見えない。
人は見たいものしか見えませんから。

全く、人の話聞いてんのか?
って感じですが、ちゃんと聞いてますよ。

リスクを「取る」とは言いますが
それは、何かを「捨てる」
ということでもあるわけで

まぁ、大なり小なり覚悟は必要でしょう。
でも、勇気があれば得られるものはあるわけで
何を取るかは自分次第。

ただ、この「捨てる」を簡単にできてしまう人
そもそも、それがデフォルトな人もいるわけで
そんなのも興味深いですね。

何で勝負する? その6

まぁつまり
自分の価値をどのように定めるか
ということなのですけどね。

散々言っていますが
人の持つ価値は
他人が決めるものです。

既存の尺度はありますけどね。
学校の成績などは最たるものです。
その尺度が何の役に立つのか
というのもありますが…
所詮は他人が決めた物差しですからねぇ。

これなら絶対とか正解
なんてものは無いわけで

自分が信じたものを突き詰める
ってので良いんだよなぁ
と思うのです。

結局のところ
そんな風にのめり込むところから
価値は発生するわけで

だったら
好きなこととか
今、自分がやっていることとか
そういったことにこだわってみる
ってのがベストなのだと思います。

そういう縁とか機会とか
そういうのがあること自体
実はとてもラッキーなわけで。

ヘタに迷ったり考えたりしたって
どうせ正解なんて無いのですから
止まってる暇があったら
動いた方が良いのです。

やれば何かしら分かるし
結果がどうあれ
長い目で見れば損はしないのはもちろん

諦めずに続けていれば
気付いたら凄いことになる

そう思うのです。