人の死と、それにまつわる諸々

先週の土曜日の未明、父親が死去しました。
以前から寝たきりで覚悟はできていたので、精神的なショックはさほどでもないのですが、いざ亡くなるとなると、やはり色々と大変です。
昨日は通夜を、今日は葬儀を何とか終えることができました。
まだまだ細かいことは残ってはいますが、大きなイベントは終了です。
そこで思ったことを、ちょっとだけ。

この数日、まさにドタバタだったわけですが、一際感銘を受けたのは、葬儀社の方の仕事ぶりです。
心遣いとクオリティ、スピードなど、見習うところが多々ありました。
人の死に関わる、とてもセンシティブでシビアな仕事を、高いレベルでやり遂げることがマストですから。
彼らは常にプロ中のプロでなくてはならないわけです。
この「常に」は24時間体制ということですから恐れ入ります。

そんな学びがあったのは大変な収穫だったわけですが、やはり人はいつ死ぬか分からないわけで、死んでしまえば数日のうちに小さな壺に収まってお終いだ、ということを改めて実感できた、これも大きな収穫でした。
諸行無常のこの世で、どう生きるべきか。

人の死というのは、究極のネガティブなイベントという印象を持たれがちですが、そこから学べることは実に多い。
目を閉じて、耳を塞いで、思考が止まってしまったら、そこから学べることは無くなってしまいます。

夢はあるかい? その9

夢は叶う
と思っていれば、けっこう叶うものだし
夢は叶わない
と思うと叶わないものなんだよ

そんなおとぎ話ありませんでしたっけ?

今回は、パッと思い付いた重要なポイントをお伝えしましょう。

ポイントその1
そもそも信じていないことができるわけはない

信じて、必要な行動をすれば良いだけの話です。

「信じていればできるよ」
は信じられないけど
「夢なんて叶うはずがない」
は信じられる??
何か変ですね。

これはつまり、やらなくて済む方を信じたいだけでは?

ポイントその2
自分で掴む
という自覚を持とう

自分は
受け取る側であり
反応する側だ
ということになっていませんか?

誰も他人の夢を叶える義理はありません
自分で掴みに行けば良いのです。

ポイントその3
プライオリティを明確にしよう

欲しいのは夢を叶えることであって
それが第1優先です。

失敗を避けたい気持ちは誰しも持っていて
気持ちは分かりますが
失敗しなければ夢が叶うわけではありません。

我々は、持っている力の総量に限界があります。
これをどのように使うかを考えましょう。

楽をしたいとか、失敗したくないと思うと
やらなくて済むための行動をしたり
やらなくて済むための言い訳を探し始めます。
それはトッププライオリティではありません。
気を付けましょう。

ポイントその4
環境は大事

環境の影響は大きいです。
その環境を作るのは人です。

場所や設備などの環境も大事かもしれませんが
もっとも重要なのは人です。

夢を叶えるために頑張っていると
「そんなのできるわけない」
という人が現れることがあります。

タチの悪いことに
「お前のためを思って言ってるんだ」
なんて言ったりすることもあります。
大抵は嘘です。本人に自覚は無いでしょうけど。

「無謀な挑戦をして、失敗して、傷付いて欲しくない」
なんて言う人も現れるかもしれません。
それ、「成長するな」ってことです。

傑作なのは、たまに
レーシングカーを作って、クルマの開発者を目指す者に
「現実を見ろ!」
とか言う人がいたりすることです。

夢を現実にしようと実際に行動している人間にとっては
何を言っているのか理解不能なアドバイスですね。

愚痴や文句ばかり言っている人には気を付けましょう。
人のせいにするということは
自分のせいではない=自分はやりたくない
という気持ちの表れです。

人間関係は自分で作れる環境の一つです。

と、今日思い付く限りではこんなところかな。
また思い付いたら記事にしましょう。

夢はあるかい? その8

何が問題って、細かいことから考えちゃうと、それが何のためなのか分からないわけで、その行き着く先は「こうなっちゃった」という、いわゆる「出来なり」状態になること

これはヤバイことですよ
というお話しです。

何のためかはどうでもいいから、とにかく言われたことをやれ
によって
何のためか分からないけど、言われたとおりにやれば何とかなるだろ
となっている。

日本の教育って、そんな感じになっていませんか?
まぁ、昔からそうだったと思いますが。
一体何が、なんとかなるのでしょうね?

「何のため?」が無いってことは
ゴールが無いってことで
言ってみれば夢が無いってことですね。

そんな状況でもちゃんとやっていけるなら、それはもう特殊で貴重な人材だと思います。

ちょっとヘビーな言い方をしますが…
でもそれじゃぁ、何のために生きているのか分からんのではないですか。
まぁ、出来の悪い私の、ひねくれた意見ではあるのですが。

近年は、学校に行かない子が結構いるようですが、生きる意味を失うくらいなら、学校なんて行かない方が良い気もします。

昔々は、無駄が多くて、結構しょうもないこともいっぱいあって、その中から学ぶこと、分かることが沢山あったと思います。

それをどんどん効率化していって、無駄を省いて高度化したら今の形になったのかな。
余計なことなんかやってないで、言われたことをキッチリできるようになりなさい、と。

さて、それでどれだけハッピーになったのでしょうか。

このシリーズ、なかなか終わりません。
なんたって夢工房ですから、一番大事なところなんですよね。